サステナビリティをビジネスに導く:Haufeアカデミー掲載のRichard StechowとVera Hermesの対談(“Navigating Sustainability in Business: A conversation with Richard Stechow and Vera Hermes for Haufe Academy”)
みなさんこんにちは。マキシマイズの渡邊です。
今回も、既存事業を持つ大企業がシリコンバレーのスタートアップに負けない画期的な新規事業を創造するために、インダストリー4.0の一環としてスイスで開発された手法である『ビジネスモデル・ナビゲーター』開発元BMI Lab社のブログを皆さんにご紹介します(※BMIとはBusiness Model Innovation:ビジネスモデル・イノベーションの略です)。
今回のブログは「サステナビリティをビジネスに導く:Haufeアカデミー掲載のRichard StechowとVera Hermesの対談("Navigating Sustainability in Business: A conversation with Richard Stechow and Vera Hermes for Haufe Academy")」という対談記事です。
BMI Lab社でサーキュラーエコノミー関連のプロジェクトを牽引するコンサルタントであるRichard Stechowに対する、フリージャーナリストのVera Hermes氏によるインタビュー内容をお伝えします。日本ではGX(グリーン・トランスフォーメーション)として提唱されている取り組みのお話しとなります。
メディアでサステナビリティへの取り組みにおける欧州企業の先進性が報じられているのを目にすることが多くありますが、実際には欧州企業(ドイツ企業)においても取り組み推進は容易でなく、政府やEUによる規制が取り組み推進の流れを作っていることが、インタビューの中から読み取れます。では本文をお楽しみください。
サステナビリティをビジネスに導く:Haufeアカデミー掲載のRichard StechowとVera Hermesの対談
2023年5月2日
サステナビリティをビジネスに導く:Haufeアカデミー掲載のRichard StechowとVera Hermesの対談
(BMI Lab社ウェブサイトのブログ記事を、同社の許可を得て翻訳、掲載しています)
現在のビジネス情勢において、サステナビリティはもはや選択肢でなく、必須事項である。サステナビリティの取り組みへの適応に失敗した会社は競争相手に取り残されるリスクを冒しているのだ。今回はHaufeアカデミーのサステナビリティ・プログラムの一環として、フリージャーナリストのVera Herms氏が、BMI Lab社のRichard Stechow氏にインタビューを行い、ビジネスにおけるサステナビリティについての貴重な知見を共有頂いた。Stechow氏が強調しているのは、普遍的な取り組み方法が存在しない状況下で、画期的なサステナブル・ソリューションを実現することの重要性である。このインタビューでは、取り組みにおけるリスクや課題、さらにはサステナビリティがもたらし得る競争優位性についても掘り下げていく。また、サステナブルな事業運営に移行する際のハードルを乗り越えるために、全社的な変革が必要である点についても、本インタビューで力点を置く。
※本対談記事のオリジナルはこちらのHaufeアカデミーWebサイトでもご覧いただけます。
イノベーション専門家のRichard Stechow氏によれば、画期的なサステナブル・ソリューションを実現するうえで、この手順通りに進めればよいというレシピは存在しない。しかし、いずれにせよ画期的なサステナブル・ソリューションの実行を避けて通る道もない。Haufeアカデミーのサステナビリティ・プログラムにおけるVera Hermes氏からのインタビューで、Stechow氏はリスク、企業の恐れ、そして競争優位性としてのサステナビリティについて以下のように語っている。
Vera Hemes氏(フリージャーナリスト)及びRichard Stechow氏(マネージング・イノベーション・コンサルタント)
Richard Stechow氏は、スイス・ザンクトガレン大学からスピンオフした独BMI Lab社のマネージング・イノベーション・コンサルタントとして、企業が自社のビジネスモデルにうまくイノベーションを持ち込む方法に焦点を当てて活動している。産業エンジニアとしての経験を持つ同氏は、サステナビリティとサーキュラーエコノミーを専門に様々な業界向けに活動している。
V(Vera Heme氏):ビジネスモデルにサステナビリティの観点を組み込みたいという需要は拡大していますか?
R(Richard Stechow氏):はい、需要は驚くほど拡大しています。私自身は過去4年間にわたって主にサーキュラーエコノミーに取り組んできました。このテーマは大きな追い風を受けており、特に相談が具体的になっている点が以前とは大きく異なります。
V:相談を受ける企業各社の取り組みはどの程度進んでいますか?
R:多くの企業では、かなり取り組みが進んでいますが、まだ取り組み始めたばかりという企業もあります。サーキュラーエコノミーに向けた取り組みの初期のステップは、通常は素材に関連するものとなります。そこで解決すべき事項は、例えば、「プラスチックの代わりに何を利用可能か?」あるいは、「サプライチェーン・デューデリジェンス法(独)の要請事項は何か?」といったものです。ほぼすべての企業が、自社のビジネスモデルをサステナビリティの観点から見直さなければならないという課題を持っており、その一方で多くの企業が実際に進めることに恐怖を感じています。
V:なぜ企業は恐怖を感じているのでしょうか?
R:一般的な取り組みよりも取り組みプロセスに要する時間が長く、そのための準備ができている企業が少ないためです。サステナビリティに取り組み始める場合、最終ゴール地点を見通すことができないのです。企業内で誰かがサステナビリティのテーマに初めて取り組む場合、最初にそのための計画を報告・申請しなければなりません。その際には計画の数字を求められます。これを進めるためには、まず自社の環境フットプリントやその他の数字を特定しなければなりません。
「これらは個別の企業にとっては膨大なタスクであり、社内では対応不可能です。それに加えて、早期の成功が見通せず、単なる追加コストとなるのです。」
内から生まれる動機か、それとも規制か?
V:そのためのコストや労力にもかかわらず、企業がよりサステナブルになろうとする動機は、内部的な動機でしょうか、あるいは規制対応に伴うものでしょうか?
R:取り組みがプロセスのかなり先まで進んでいる企業については、サステナブルな事業運営をすることが理にかなっており、内的な動機がより強いです。中堅のオーナー企業の場合には、この傾向がよりはっきりしています。このような企業は大企業に比べて取り組みの外部発信が少なく、黙々と実行します。大企業においては、推進の要因は主に利益です。その意味で、サステナブルなビジネスは純粋に財務的な視点で見た場合には巨大な利益を稼ぐ事業ではありません。
V:では、それでも大企業がよりサステナブルになろうと努力しているのは、何故なのでしょうか?
R:現在は、サステナビリティが重視されています。しかし大企業での取り組みについては、自社自身の収益のためというケースは少なく、規制対応、あるいは競争優位性を期待してというケースが大部分です。よく言われるように、圧力がかかる場所にソリューションが生まれるのです。私自身はそれで構わないと思いますし、まあ世の中そんなものでしょう。取り組みへの圧力が非常に高まれば、企業も何か行動せざるを得ず、そして私たちの進むべき方向にたどり着くことができるというわけです。そうでなければ、我々は資本主義体制そのものを見直さなければならなくなるでしょう。それは少なくとも短期的には夢物語と言えます。
サステナブルになるためには全社的な変革が要求される
V:イノベーションは常にリスクとの組み合わせで語られます。企業がよりサステナブルになることに伴う具体的なリスクは何でしょうか?
R:業種によっては、自社が単独で変化の第一歩を踏み出しても、より広範な変革には多数の取引先のさらなる行動が要求されることを認識する必要があります。もしサステナブルな事業運営の価値が認められなければ、取り組みでコストが上がることで取引先各社は競争相手に負けてしまうかもしれません。サステナブルな事業運営は初期の段階では従来よりもコスト高となり、したがって取り組みには我慢強い努力が必要なのです。対象顧客がその努力を認めてくれるまでは、サステナビリティを優先する企業は市場における価格というリスクを背負うことになります。
顧客がよりサステナブルな製品やサービスに喜んでより多くのお金を払ってくれるようになり、そして企業がサステナブルな事業運営を拡大し、その実費を顧客に請求できるようになるまでには、時間がかかる可能性があります。これは長く危険なプロセスであり、個々の企業に大きなリスクを負わせる取り組みなのです。また、取り組みを進めるうえで社内の障壁もあります。
「真にサステナブルになるためには変革が必要とされます。サステナブルなトランスフォーメーションをデジタル・トランスフォーメーションとの対比で語ることができますが、サステナビリティ・トランスフォーメーションにはさらに包括的な取り組みが必要となります。」
V:デジタルトランスフォーメーションでは効率向上、収入拡大、利益の拡大、柔軟性の向上がもたらされます。ところが、サステナビリティはコストの増加と初期時点での市場機会のリスクを生み出してしまうのではないですか?
R:確かにその通りです。長期的には、サステナブル・ソリューションは競争優位性となり得ます。例えば、既に若年層では職業選択時に就職先となる企業の事業運営のサステナビリティを考慮の基準に入れています。しかし、デジタルトランスフォーメーションで必要とされたのと同様に、まずは自社内で様々な変化を起こすことが必須です。企業には新たなスキル、能力の開発が必要となりますが、自動的に効率性の向上を実現できるわけではありません。
V:顧客はサステナブルなソリューションや製品に従来品以上のお金を喜んで払ってくれるのでしょうか?
R:いいえ、そんなことはありません。基本的な考え方はやはり、「もしサステナブルな製品が従来品と同じ価格で同じ品質だったら、サステナブルな製品を選びます」ということです。そして、それは正しい考え方だと思います。しかし、それを実現するのは容易ではありません。まあ現実世界ではよくあることですが、残念ながら、こうすれば常に解決できるという万能薬的な方法はないのです。しかし、明らかにポジティブな点は、間違いなくトレンドは存在するということです。
「もはや、どんな企業であってもサステナビリティを考えることが必須であり、したがってこのテーマは流れに乗っているのです。このような波が来た時には、そして取締役会で全メンバーがサステナビリティの議論をしなければならず、しかも自宅でも孫を相手にサステナビリティの話をする状況なら、サステナビリティの取り組みは前に進むでしょう。」
V:オーナー経営の中堅企業の方が大企業よりも進めやすいのでしょうか?
R:イエスでありノーでもあります。大企業が本腰を入れて全社で大々的に進めるのであれば、大企業の到達点や推進力は中小企業とは別格です。例えば、もし大企業がスタートアップとの協業でサステナブル・ソリューションを提供するのであれば、中小企業の取り組みとは別次元の話となります。そのような協業は単に良いパイロットプロジェクトで終わるかもしれませんし、あるいは大きなブレイクスルーにもなり得ます。大企業の到達点は別格なのです。ただし、大企業ならではの障壁もあるのです。サステナブル・プロジェクトは長期的なコミットメントを必要とします。オーナー経営の企業はそのことを理解しており、一旦何かを決断したら、簡単には取り下げません。ところが大企業では経営トップ層の人事に変更があると、しばしば長期的な取り組みが棚上げにされるのです。
規制による動機付けは痛みを伴うが、解決への道筋となる
V:さて、EUの新たな報告指令(企業サステナビリティ報告指令:CSRD, Corporate Sustainabililty Reporting Directive)のおかげで、サステナビリティの指標は財務指標と同様に扱われるようになり、上場企業の企業評価に影響するようになります。これは取締役会におけるサステナビリティの議論に大きな追い風となるのではないでしょうか?
R:まさにその通りです。これまでのところ、これらの目標は存在していないため、規制や税制上の優遇措置以外には、ほとんど何も起こっていません。もし、今双方から圧力がかかっていれば、変化が起きるでしょう。このような変化は、いつも楽しいわけではなく、むしろ間違いなく痛みを伴い、細かな点でいろいろと問題が出てくるでしょう。それというのも、価格のような市場からのインセンティブでなく、むしろ人為的に作られたインセンティブだからです。そのような人為的なインセンティブには欠陥が内包されます。しかし最終的には、解決策が見つかるでしょう。
V:具体的な例が何かありますか?
R:はい、プラスチック製品の再利用を例にとってみましょう。この再利用の取り組みはまだ経済的には理にかないません。企業はリサイクルをしたいと思うかもしれませんが、プラスチック部品の洗浄や再利用のための処理が非常にコスト高であるため、現時点ではプラスチック部品の再利用が実施できないのです。また、もし企業が今使っているものとは別の、高品質素材に部材を変更したいのであれば、バリューチェーン全体のすべての取引先に設備投資をしてもらう必要があります。それというのも、既存の機械や設備が新素材を扱うように設計されていないからです。しかし、現実的なインセンティブが存在せず、設備投資を実施するための諸条件が整っていないのであれば、取引先に設備投資を要請することはできません。このような場面においては、規制に対する適切な要望があると言えます。地球環境からの原料採取が外部に与える影響が価格に反映される場合にのみ、代替コンセプトが魅力的になります。しかしながら、幅広く導入するためには、社会的なコンセンサスを得なければならず、この点においてEUは(完璧では言い過ぎなら)素晴らしい歩みを進めているものの、まだまだ先は長い状況です。
DX・イノベーション手法を学ぶ、
マキシマイズのセミナー
いかがでしたでしょうか。弊社では、ビジネスモデル・ナビゲーターを日本企業にも普及させるべく、ワークショップやプロジェクト支援など様々な支援サービスを提供しております。ご興味の方は是非お問い合わせください。
次回は、『イノベーションの戦略("The strategy of innovation")』というイノベーション戦略の重要性に関するブログ記事をご紹介予定です。
WRITER
渡邊 哲(わたなべ さとる)
株式会社マキシマイズ シニアパートナー
Japan Society of Norithern California日本事務所代表
早稲田大学 非常勤講師
東京大学工学部卒。米国Yale大学院修了。海外の有力ITやイノベーション手法の日本導入を専門とする。特に海外ベンチャー企業と日本の大手企業や団体との連携による新規事業創出に強みを持つ。三菱商事、シリコンバレーでのベンチャー投資業務等を経て現職。ビジネスモデル・ナビゲーター手法の啓蒙活動をはじめ、日本のイノベーションを促進するための各種事業を展開中。
「アントレプレナーの教科書」「ビジネスモデル・ナビゲーター」「イノベーションの攻略書」「DXナビゲーター」「イノベーション・アカウンティング」を共訳/監訳。