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イノベーション

社員のイノベーション教育をどのように進めるべきか?(“How to train people in innovation?”)

社員のイノベーション教育をどのように進めるべきか?(“How to train people in innovation?”)

みなさんこんにちは。マキシマイズの渡邊です。今回も、既存事業を持つ大企業がシリコンバレーのスタートアップに負けない画期的な新規事業を創造するために、インダストリー4.0の一環としてスイスで開発された手法である『ビジネスモデル・ナビゲーター』開発元BMI Lab社のブログを皆さんにご紹介します(※BMIとはBusiness Model Innovation:ビジネスモデル・イノベーションの略です)。

今回のブログは「社員のイノベーション教育をどのように進めるべきか?("How to train people in innovation?")」という、イノベーション教育・研修の進め方についてのお話しです。皆さんもご存じの通り、最近では典型的な重厚長大産業の宇宙開発分野にイノベーション手法を持ち込んで成功を収めたことで、スペースXが注目を浴びていますが、今回のブログ記事では半導体やエレクトロニクスの世界において画期的な発明を生み出してきたベル研究所について紹介しています。では、本文をお楽しみください。

2017年11月2日
社員のイノベーション教育をどのように進めるべきか?(BMI Lab社ウェブサイトのブログ記事を、同社の許可を得て翻訳、掲載しています)

イノベーションとは、実践を通じて学ぶことである。

イノベーション人材の育成とは、特定分野のスキルを教えるだけでの話ではない。それははるかに複雑な話なのだ。高パフォーマンスのイノベーションチームを作ろうとすると、おそらくマネージャーは文化的な課題にも直面するだろう。ただしあきらめるのはまだ早い。成果を上げるためには中期的な取り組みが必要だが、このような文化的な課題を克服するための戦略がいくつかある。

人材育成だけでは不十分

おそらく、このテーマに関して最初に問うべき質問は、訓練でイノベーションを身に着けられるかどうかだ。このトピックに関する最近の研究では、イノベーションには特定の個人的特性が必要であることが示唆されている が、その特性は程度の差こそあれ誰もがすでに持っているものだ。したがって、革新的な才能を発揮するために人々が特性を「目覚め」させるのを助けることが、この分野における人材訓練の意味である。これらの特性には、抽象的に考える能力、深くて幅広い知識、好奇心、リスクを取ることに対する寛容さ、現状への不満などが含まれる。

では、これらの特性を訓練する最良の方法は何か?基本的には実際にやってみることである。もちろんデザイン思考に基づくツールなど、イノベーションのプロセスを設計し実行するための幅広いツールの使用法を学ぶことはできる。しかし、レシピを学ぶことと実際に料理することは同じではない。各種ツールを実際に適用する実践的アプローチで、イノベーション・プロセスの推進方法を学ぶのだ。

さらに言えば、このような訓練は一本道の単純なものではない。イノベーションの取り組みを始めればすぐにわかることだが、イノベーションは本質的に面倒なものなのだ。うまくいく方法を見つけるまでに何度も試行錯誤する、というやり方に慣れる必要がある。イノベーションには、試行錯誤の繰り返し、欠陥だらけのプロトタイプ開発、そしてすぐにその仮説を却下するために実施する仮説検証、の3つが要求される。このような試行錯誤的なアプローチには、精神面で傷つきにくく、あきらめずに粘り強く取り組むタイプの人が求められる。これらは本当に難しい要求だが、学びは成功からでなく失敗から得られるため、必須要件なのだ。実際に、ほとんどの場合には「一夜にして成功」や「電撃的なひらめきの瞬間」といった成功物語の背景に、長期間にわたる失敗の歴史があるのだ。

アントレプレナー教育プログラムで高い評価を受けているフィンランドのアールト大学(Aalto University)副理事長のマルヤ・マカロウ氏は、イノベーションに関して、「イノベーションを教えることはできませんが、新しいアイデアを受け入れる考え方を教え、イノベーションを生み出す環境を提供することはできます」と明確に述べている 。同氏の声明を踏まえると、イノベーションの訓練とは、考え方を教え、各種ツールを提供し、イノベーションとは何なのかを自ら学ぶために自由にツールを活用させることだ、と結論付けられる。

イノベーションを教えることはできませんが、新しいアイデアを受け入れる考え方を教え、イノベーションを生み出す環境を提供することはできます

ヘンリー・ドス氏は、「イノベーションは(個人でなく)文化の産物です。そして文化は(個人でなく)仕組みとしての創発の要素です」という簡潔な言葉で、同じアプローチをより詳しく説明している。この言葉は、マカロウ氏の言葉をより深く理解するために役立つ。すなわち、人々が実践を通じて学ぶことを可能にする文化を体系的に作り出すような適切な環境をうまく整備・運営していく必要があるのだ。確かにこれは簡単な作業ではないが、取り組みを始めるための基本的なアドバイスは以下のように整理できる。

  1. 信頼関係を育もう。圧倒的に高いレベルの信頼関係が、イノベーション文化のもつ中核的な価値であることは広く知られている。
  2. 信頼関係に基づく文化を築くとは、従業員が恐れることなく自ら意思決定できるようにすることである。従業員の積極的な行動を促し、どのような選択をしてもフォローアップの責任を当人に負わせず、自由にさせるべきだ。
  3. 実プロジェクトとして実行する前に従業員のアイデアを承認する必要がある場合には、承認プロセスを複数階層にしてはならない。従業員が明確に理解できるように、さらには従業員が意思決定に参加できるように、承認プロセスをできるだけ合理化してほしい。
  4. イノベーションは、大きな成果への道を切り開く失敗の繰り返しから生まれるので、課題に適切に対応する方法を見つけるまでは、高頻度で挑戦し、早く失敗し、失敗から学ぶように、従業員に推奨すべきだ。
  5. 信頼関係の醸成には意思決定の透明性も必要である。従業員がいつでも管理職に質問できるようにする必要がある。そして、意思決定プロセスを隠してはならない。管理職の選択によって影響を受ける従業員に対して重要な意思決定を隠すことは、信頼関係にとって最悪の行為だ。
  6. オープンなコミュニケーションとチーム第一の姿勢を通じて、コラボレーションの価値を訴え、奨励する。イノベーションは一人の単独作業ではない。イノベーションとは、アイデア、ツール、取り組み方法を共有することで、探求すべき新たな可能性のアイデアをチームで創造するチーム作業なのだ。
  7. コラボレーションとともに、チームの多様性を促進することも必要だ。多様性の意味合いとしては、さまざまな種類の人々、視点、アイデア、考え方、人生に対するアプローチが含まれる。異なるバックグラウンドを持つ人々のグループでは、チームメンバー間でより実りのある相互作用が生み出される可能性があるため、イノベーションの可能性が高まる。


革新的な文化創造の意義をよりよく理解するために、ベル研究所という傑出した事例を見てみよう。

イノベーション文化の傑出した事例: ベル研究所

建物まで含め、ベル研究所ではあらゆることがイノベーション促進のために慎重に設計されている。

AT&Tによって1925年に設立されたベル研究所は、おそらく世界最古の研究・イノベーション機関であり、現在はノキア社の一部となっている。トランジスタ、レーザー、光ファイバー、電荷結合素子、携帯電話、シリコン・パワーセル、情報理論、プログラミング言語CおよびC++など、多くの圧倒的イノベーションがこの研究所から生まれた。多数の世界トップレベルのイノベーターがベル研究所で訓練を受け、働いていた。そして、これらの人々の業績は8つのノーベル賞の受賞をもたらし、そして現在のデジタル世界の基礎となった

いかなるイノベーション機関にとっても、これらすべては卓越した成果と言える。では、このような成功をもたらしたのは、いったいどのような文化なのか?当時のベル研究所において、創造性の文化に責任を負っていた中心人物はマービン・ケリーであった。同氏が考えたのは、イノベーション機関の成功には、活発なアイデア交換を促進するために十分な数の才能ある人材が必要ということであった。しかし、他にも以下のような様々な要因も関係していた。

  1. 各人が完全に自主性を持つ形で、理論的なアプローチだけでなく常に実践的なアプローチを念頭に置いて、それぞれ自分のプロジェクトを開始することが推奨されていた。
  2. 実際に、管理職層に対する個別プロジェクトの状況報告を数か月間、場合によっては数年間もせずに済ませることもよくあった。様々な挑戦を通じて学びを得ることに関して、同研究所は各研究員を完全に信頼しており、それが最終的には並外れた結果をもたらした。
  3. すべての人員に対して、他のメンバーと協力し、エンジニア、物理学者、数学者、化学者からなる革新的なチームを作るようにという指示が発せられていた。
  4. 各人に対して、自分のチームを自分で選ぶことも奨励されていた。たとえば、数学者には研究所内の自分の「クライアント」を自由に選択し、好みのプロジェクトで作業してよいという裁量が与えられていた。
  5. 研究所内には秘密のプロジェクトは無かった。しかし実際に同僚が何をしているのかを知るためだけに、他人のプロジェクトに首を突っ込む人はほとんどいなかった。
  6. ベル研究所は理論研究だけの研究所ではなかった。物を作って実験をする場所もあり、試作品を作るために必要なだけ何度も試すことができた。実際に、ベル研究所は「地下に工場がある研究所」と呼ばれていた。
  7. 新たに参画する人員にとっては、自分が挑戦する価値があると信じたことを追求するために創造性とスキルを発揮する方法を、先達と一緒に学べる活気のある環境であった。失敗しても罰せられることはなく、次世代の技術やアプリケーションを構築するプロセスの一環とみなされた。

たとえスキルと教育レベルが同じでも、ベル研究所で働いている多くの人は、おそらく別の場所ではこれほど多くの素晴らしい成果を達成できなかっただろう。ベル研究所の出身者の多くが言うように、各人が学び、良い成果を出すことを助長したのは環境であり、文化であった。

当然ながら、これほど多くの才能ある人材をイノベーションに専念させるベル研究所のような巨大な研究機関を、誰もが再現できるわけではない。それに加えて、昨今のイノベーション・プロジェクトの運営は単に技術だけの話ではない。ビジネスモデルの革新も必要だが、それには研究開発部門でなく、デザイン思考、ビジネス、マーケティングなど、他の種類の人材が必要となる。

とはいうものの、イノベーションの手法やツールを教えるだけでは十分でないという正しい教訓を学ぶために、ベル研究所が優れた事例であることには変わりない。

熟練したすべての人員の潜在的な可能性を真に引き出すためには、信頼、透明性、コラボレーションを価値観の中心においたシステムと文化を構築することも必要となる。そのような場を構築できれば、人々はイノベーションがどのように実践されるかを、理論面でも実践面でも実際に実施することを通じて学ぶことができる。次回、自社でイノベーションの指導者を採用する際には、このことを是非念頭においてほしい。そして、仕事の仕方や職場文化の新たな仕組みの構築支援をする要員も忘れずに採用してほしい。


いかがでしたでしょうか。弊社では、ビジネスモデル・ナビゲーターを日本企業にも普及させるべく、ワークショップやプロジェクト支援など様々な支援サービスを提供しております。ご興味の方は是非お問い合わせください。

次回は、『新興国における新技術とビジネスモデルイノベーション:バングラディッシュでの経験より("New Technologies and Business Model Innovation in emerging markets: Our experience in Bangladesh.")』というビジネスモデル・イノベーションを実現する方法は1つでなく、いくつかの選択肢があるということに関するブログ記事をご紹介予定です。

渡邊 哲(わたなべ さとる)

株式会社マキシマイズ シニアパートナー

Japan Society of Norithern California日本事務所代表

早稲田大学 非常勤講師

東京大学工学部卒。米国Yale大学院修了。海外の有力ITやイノベーション手法の日本導入を専門とする。特に海外ベンチャー企業と日本の大手企業や団体との連携による新規事業創出に強みを持つ。三菱商事、シリコンバレーでのベンチャー投資業務等を経て現職。ビジネスモデル・ナビゲーター手法の啓蒙活動をはじめ、日本のイノベーションを促進するための各種事業を展開中。
「アントレプレナーの教科書」「ビジネスモデル・ナビゲーター」「イノベーションの攻略書」「DXナビゲーター」「イノベーション・アカウンティング」を共訳/監訳。

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