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製品を起点としたビジネスモデルイノベーション:TICK、スイスのミグロ(MIGROS)社が提供するオンデマンド洗濯サービス【後編】(“From product to business model innovation: TICK, the laundry on demand service from Migros.”)

製品を起点としたビジネスモデルイノベーション:TICK、スイスのミグロ(MIGROS)社が提供するオンデマンド洗濯サービス【後編】(“From product to business model innovation: TICK, the laundry on demand service from Migros.”)

みなさんこんにちは。マキシマイズの渡邊です。今回も、既存事業を持つ大企業がシリコンバレーのスタートアップに負けない画期的な新規事業を創造するために、インダストリー4.0の一環としてスイスで開発された手法である『ビジネスモデル・ナビゲーター』開発元BMI Lab社のブログを皆さんにご紹介します(※BMIとはBusiness Model Innovation:ビジネスモデル・イノベーションの略です)。

今回のブログは「製品を起点としたビジネスモデルイノベーション:TICK、スイスのミグロ社が提供するオンデマンド洗濯サービス("From product to business model innovation: TICK, the laundry on demand service from Migros.")【後編】」という、ビジネスモデル・パターンを活用して既存製品をもとにした新規事業の立ち上げに成功したスイスの大手流通グループであるミグロ社での成功事例についてのお話しの後編です。洗剤の製造販売からランドリーサービスへの「モノ」から「コト」への転換は、プロダクト・アズ・ア・サービス(Product as a Service)あるいはサーキュラー・エコノミーの典型的な事例とも言えます。では、本文をお楽しみください。

2018年2月15日
製品を起点としたビジネスモデルイノベーション:TICK、スイスのミグロ社が提供するオンデマンド洗濯サービス(BMI Lab社ウェブサイト)のブログ記事を、同社の許可を得て翻訳、掲載しています

新しいランドリーサービス「TICK」の誕生

TICKの提供する価値は非常に明確だ。非常に利便性の高いオンライン・サービスとして、TICKは日常的な洗濯物、シャツやブラウスなどのフォーマルな衣類、さらには化学的クリーニングにまで対応したオンライン・ランドリー・ソリューションを提供している。

サービス利用の手順は以下の通りだ。

  1. Web上でユーザー登録を行い、届いたランドリーバッグに衣類を詰める。TICKでは、Webサイト版による初期パイロット実証ののち、サービスの利便性向上のために2017年にiOS版のアプリを提供開始した
  2. ランドリーバッグがいっぱいになったら、ウェブサイトかアプリで集荷と配送の時間と場所を入力し、さらに洗剤の香りなどの各種オプションを選択する
  3. TICKはランドリーバッグを集荷し、顧客の指定した形で衣類の洗濯・クリーニングを行い、顧客の要望に応じていつでもどこにでも衣類を配達する。

Tick」は、ミベル・グループのいくつかの戦略的課題の解決促進を目的として、慎重に準備されたビジネスモデル・イノベーションのプロセスを経て誕生した。

TICKの市場投入に際しては、サービス提供に必要となる事業運営およびインフラの準備に加えて、マーケティングと広告への一定額の投資が必要であった。本サービスへの顧客の反応は非常に好評で、サービスの提供開始以来、TICKは成長を続けている。実際、以下の点で同社のROIにとってもプラスとなった。

  1. TICKのビジネスモデルのコンセプトは、ミベル・グループの顧客との関わり方を完全に変革した。このサービスによって同社は顧客の好みを直接知るため、近い将来に新しいサービスや製品を開発する際の非常に貴重なデータを収集でき、以前のビジネスモデルでは認識できなかったニーズに対応できるようになった。このデータは、新たな価値創造や収益化に関する幅広い機会を生み出す。
  2. 数字の面でも大きなメリットがある。この新たなビジネスモデルを通じて、ミベル・グループは商品販売でなく高付加価値サービスを新たな顧客層に販売し、まったく新しい収益源を構築できる。

それだけでなく、このサービスは人々が洗濯をする方法も変革する。顧客にとって、TICKと長期的な関係を築くことは、洗濯や洗剤の購入について心配する必要がなくなり、より自由に余暇を楽しめることを意味するのだ。

なぜTICKは成功したのか?

TICKは、デジタル技術でより良い顧客体験(カスタマー・エクスペリエンス)を実現し、洗濯をする時間的余裕がない都市生活者に向けた非常に便利なランドリーサービスを提供している。

ところで、未回答の疑問が1つ残っている。他の17件のアイデアが先に進まなかったのに、なぜTICKのアイデアは実現に至ったのだろうか?ほとんどの大企業がイノベーションに関して根本的な問題を抱えている中、なぜ既存事業を持つミベル・グループのような企業が革新的なサービスを実現できたのだろうか?

ミベル・グループでは、ミグロをはじめとする小売各社向けに、新しいフレグランスとフォーミュラを使用した新しいホームケア製品の開発を通じて、日々新たなイノベーションを生み出している。TICKは、ミベル・グループの従来のビジネスモデルのあらゆる側面を変えたため、ミベル・グループにとって単なるサービス・イノベーションではなかった。具体的には、ビジネスモデルの「顧客の軸をB2BからB2Cに」変え、「新たな価値」を提供し、「新しいバリューチェーン」でパートナーを活用し、洗剤など商品の内容量に応じた支払いでなくランドリー・バッグごとの支払いという「新しい収益モデル」で収益を上げている。

確立された既存事業をもつ企業で新たなビジネスモデルを開発するのは困難な作業であり、現場のモチベーション、忍耐力、経営陣などステークホルダーの管理、リーン・スタートアップ的な試行錯誤アプローチが必要とされる。

1回目のワークショップの初日からずっと、Mifa AG社の従業員の1人であるジョエルがプロジェクトの責任者を務めた。ワークショップ実施の数日後、ほとんどの従業員が日々の業務に追われていたときも、彼女はアイデアに取り組み続けた。彼女は、顧客の好みについて学ぶために、数人の顧客を対象に無料の「コンシェルジュMVP(担当者が利用方法をガイドしながら顧客にサービスを試してもらうお試しサービス)」を開発した。ミベル・グループが顧客と直接接触することは、ミベル・グループ内の組織構造と責任に違反するとして社内でクレームが発生したとき、ミベル社CEOのルイージ・ペドロッチ氏はこのプロジェクトを擁護し、その重要性をグループ内に伝えた。

その間にも、ジョエルはより多くのリソースと自由度を手に入れるために戦い続け、成功した。具体的には、自分の所属するフレンケンドルフのオフィスからアイデアを推進するかわりに、チューリッヒでコワーキングをする自由を手に入れ、そこで他のスタートアップとネットワークを作り、彼らから学ぶことができるようになったのだ。「コンシェルジュMVP」を通じて様々な洞察を得た後、彼女を中心としたチームはチューリッヒ内の限定した地域でパイロット・プログラムを実行し、その後より広い地域に提供エリアを拡張した。この記事の執筆時点(2018年2月)において、このサービスはバーゼルだけでなくチューリッヒ都市圏でも利用できるようになっている。

TICKの事例はビジネスモデル・イノベーションの優れた例であり、イノベーターやマネージャーにとっての貴重な洞察を読み取ることができる。

  1. 自社のビジネスモデルを革新するために、AmazonやGoogleのようなインターネットの巨人である必要はない。真のハードルは会社の規模ではなく、その取り組み姿勢である。 どんな企業でもビジネスモデルを革新できるが、迷いを振り払い、自信を持って課題に挑戦する必要がある。
  2. ビジネスモデル・イノベーションはテクノロジーや新製品に関するものではない。実際、ミベル・グループは何か新しい技術や製品を開発したわけではない。同社は既存のデジタル技術を組み合わせて新しいサービスを生み出したのだ。
  3. ビジネスモデル・イノベーションは、顧客の未解決の問題に対処し、そこから新たな価値を引き出す際に役立つ。私たちは人々が喜んでお金を払う価値を見つけ、それを実現しなければならない。
  4. TICKの例から、イノベーションのROIは異なる方法で測定されるべきであり、それは財務だけでなくビジネス戦略においてもプラスになる可能性があることを学べる。すなわち、イノベーションは企業が将来に備えるために役立つのだ。

いかがでしたでしょうか。弊社では、ビジネスモデル・ナビゲーターを日本企業にも普及させるべく、ワークショップやプロジェクト支援など様々な支援サービスを提供しております。ご興味の方は是非問い合わせください。

次回は、「想定条件のジュースプレス:最も重要な想定条件を特定するためのツール("The Assumptions Juice Press – A tool to identify your most critical assumptions")」という、新規事業アイデアの事業性検証における要点に関するブログ記事をご紹介予定です。

渡邊 哲(わたなべ さとる)

株式会社マキシマイズ シニアパートナー

Japan Society of Norithern California日本事務所代表

早稲田大学 非常勤講師

東京大学工学部卒。米国Yale大学院修了。海外の有力ITやイノベーション手法の日本導入を専門とする。特に海外ベンチャー企業と日本の大手企業や団体との連携による新規事業創出に強みを持つ。三菱商事、シリコンバレーでのベンチャー投資業務等を経て現職。ビジネスモデル・ナビゲーター手法の啓蒙活動をはじめ、日本のイノベーションを促進するための各種事業を展開中。
「アントレプレナーの教科書」「ビジネスモデル・ナビゲーター」「イノベーションの攻略書」「DXナビゲーター」「イノベーション・アカウンティング」を共訳/監訳。

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