ビジネスモデルのスケーラビリティ:内部vs外部 “Business Model Scalability: Internal vs. External”
みなさんこんにちは。マキシマイズの渡邊です。今回も、既存事業を持つ大企業がシリコンバレーのスタートアップに負けない画期的な新規事業を創造するために、インダストリー4.0の一環としてスイスで開発された手法である『ビジネスモデル・ナビゲーター』開発元BMILab社のブログを皆さんにご紹介します(※BMIとはBusiness Model Innovation:ビジネスモデル・イノベーションの略です)。
今回のブログは「ビジネスモデルのスケーラビリティ:内部vs外部("Business Model Scalability: Internal vs. External")」という、新規事業を事業拡大するためのポイントについてのお話しです。では本文をお楽しみください。
2019年1月24日
ビジネスモデルのスケーラビリティ:内部vs外部(BMI Lab社ウェブサイトのブログ記事を、同社の許可を得て翻訳、掲載しています)
一つのビジネスモデルが、事業拡張可能であると同時に事業拡張不可能でもある、というのはどういう意味なのか?2008年に共同創業者としてオンライン電子書籍プラットフォームPaperCを設立した際に、私は興味深い発見をした。電子教科書用のデジタルプラットフォームを構築するという我々の事業アイデアは、完全にデジタルであり、非常に拡張性が高い事業だった。ところが、事業の拡張性(スケーラビリティ)の概念を完全に理解するまで、我々は事業の拡大に苦戦していた。
10年前は、時価総額が最も高い企業のランキングは「オールドビジネス」が独占しており、ペトロチャイナがトップで、エクソンとゼネラル・エレクトリックがその次であった。10年後の2019年初頭においては、世界で最も価値のある企業は、Microsoft、Apple、Amazon、Alphabet、Facebookなど、すべてデジタルプラットフォームである。
これらのデジタルプラットフォーム企業各社は、なぜこれほど短期間で世界で最も独占的なプレーヤーになったのだろうか? 各社の事業の拡張性がポイントである。
事業拡張性(スケーラビリティ)が急速な成長を可能にし、潜在的に最大限の利益をもたらし得ることを、ベンチャーキャピタリストたちは早い段階で学んだ。事業拡張可能なビジネスモデルは、かなり急な曲線を描いて持続的に成長し、時には指数関数的に成長することもある。
ビジネスモデルの拡張性とは何を意味するのか?
ビジネスモデルの拡張性が実際に何を意味するかについては、人によってまったく考えが異なる。他の地域や大陸への事業拡大を事業拡張と考える人もいる。また、他の分野や製品カテゴリに同一のビジネスモデルを複製可能かどうかが拡張性だと考える人もいる。よく耳にするもう1つの側面は、生産量と顧客ベースの拡大による事業運営コストの削減だ。事業拡張性(スケーラビリティ)に影響を与えるすべてのトピックや要因をグルーピングすると、内部のスケーラビリティと外部のスケーラビリティに分類される。
この図は、スケーラビリティの2つの側面、つまり内部と外部のスケーラビリティが、どちらも同様に重要であることを示している。
内部のスケーラビリティは、ビジネスモデル設計、自社リソース、パートナーの構成によって決まる。それに対して外部のスケーラビリティは、事業を取り巻くビジネス環境(顧客、市場、規制など)に関するものだ。
これら2つの側面に基づいて我々が作成したツールが、BMIスケーラビリティ・マトリックスである。内部拡張性とは、自社のビジネスモデル運営の仕組みが、短期間かつ低コストで顧客ベースと売上を拡大する能力をどの程度備えているかを表す。一方、外部スケーラビリティは、ビジネス環境が顧客ベースの拡大と売上の増加にどれほど有益であるかを表す。
どんな要素が、内部および外部のスケーラビリティに影響を与えるのか?新たなビジネスモデルを設計する際にスケーラビリティを向上させたければ、どうすればよいのか?
内部スケーラビリティを向上させる4つの戦略
1.外部リソースの活用
現時点までの世界で最もスケーラブルなモデルは、外部リソースを活用するデジタルプラットフォームである(例:車とドライバー(Uber)、エンジニアと製品デザイナー(Local Motors)、ソフトウェア開発者と携帯電話メーカー(Android)など)。外部リソースの活用が非常に強力である理由の1つは、いつでも利用可能なリソースは社内よりも社外に多くあるためだ。もう1つの理由は、社外の生産力やリソースを使うことで、設備投資や人権費などの固定費を抑えて財務的な流動性を保てるというだけなく、人事、経理、管理組織などに要する諸経費を削減できることだ。
「内部拡張性とは、自社のビジネスモデル運営の仕組みが、
短期間かつ低コストで顧客ベースと売上を拡大する能力をどの程度備えているかを表す。」
2.デジタル化と自動化
デジタル化と自動化はイノベーションの最大の推進力であり、拡張性にとって非常に重要な要素である。誰かが髪をカットできるロボットを発明しない限り、理髪店がソフトウェア企業ほどの拡張性を持つことはできない。製造において規模の経済が実現されている理由は、自動化(例:T型フォードなど)である。現代社会では、我々はいたるところで自動化を目にしている。例えば、Uberはダイナミック・プライシングを採用している。そのため、午前3時にクラブを出て帰宅しようとすると料金が通常の2倍または3倍になる。AIの登場で、間もなくさらに多くのタスクが自動化されるはずだ。では、アルゴリズムを活用して意思決定を自動化するためには、どうすればよいだろうか?
3.「成長サイクル」を開発し継続監視する
規模拡大するようにビジネスモデルを設計するためには、フライホイールと呼ばれる成長の好循環が必ず必要となる。
新しいビジネスを設計するときは、自社の提供するサービスにおいて、顧客ベースと収益を改善、拡張し続けるような、ポジティブなフィードバックループを慎重に開発する必要がある。特にマルチサイド・プラットフォーム、つまり提供側と利用者側など2種類の顧客を引き付けるプラットフォーム(AirBnBなど)においては非常に重要だ。サービス開始における、いわゆる「ニワトリが先かタマゴが先か」問題を乗り越えた後は、より多くの提供者がプラットフォームを利用して宿泊用の部屋を提供するほど、またその逆の場合も同様に、利用者に対する提供価値が向上する。しかし、成長の好循環を築くことの重要性は、デジタルプラットフォームだけの話ではない。1957年に遡って、伝説的な成功者であるウォルトディズニーは、ディズニーの映画、音楽、テレビ、雑誌、書籍、ディズニーランド、商品販売の間にあるすべての肯定的なフィードバックループについてすでに熟知していた。
1957年におけるウォルト・ディズニーのビジネスモデルは、顧客ベースと収益を拡大するために構築されたポジティブループの初期の成功例である。
4.事業を拡張するのに適した人材を見つける
人にはそれぞれ異なる価値観、ニーズ、個性がある。「ビジネスを成功させるために最も重要な要素は何ですか?市場、ビジネスモデル、あるいはチームですか?」とベンチャーキャピタリストに尋ねたら、「チーム」と答える可能性が高い。新たなベンチャーに最も重要なリソースはチームである。誰もが事業の拡張に向いているわけではない。物事の動きが速く、不確実で、膨大な量に圧倒されるような状況に対して辛さを感じる人もいる。逆に物事の進みが遅く、意思決定を下さなければならないときに、毎回すべての意見を聞かなければ話が進まないことに苦痛を感じる人もいる。規模拡張フェーズに入る前に、ビジネスを拡大し成長させるために適切な考え方をもつ経験豊富な人材がチームに必要となる。
外部スケーラビリティを向上させる4つの戦略
1.大きく、かつ成長している市場を選ぶ
誰でも、大きく、かつ成長している市場に参入したい。しかし、2つのどちらかを選択しなければならない場合はどうすればよいのか?大きな市場に参入すべきか、それとも成長市場に参入すべきなのか?90年代後半、インターネット市場は急激に成長していたものの、規模の面では比較的小規模であった。当時、ほとんどのスタートアップ企業にとって、インターネット市場でビジネスの成長(例:売上)と収益性を達成するのは非常に困難であった。その10年後、市場ははるかに成熟し、多くのスタートアップがより安定的に成長していた。もっと大きな市場内のニッチな市場であれば、小さな市場でも問題はない。自社のソリューションの柔軟性が高く、より広い市場に事業拡大できる拡張性がある場合には特にそうである(例:Amazonのように書籍から始めて他の業界に拡大する)。成長市場はビジョンと興奮を呼び起こし、資金調達も容易になる。
「外部拡張性とは、顧客ベースの拡大と売上の増加にとって
ビジネス環境がどれほど有益であるかを表す。」
2.適切な方法で適切な顧客を対象とする
提供するソリューションは顧客のスキルセット、習慣、ライフスタイルに適合している必要がある。そのような観点での優良顧客とは、新しいソリューションを採用することに熱心な顧客である。新しいものを試すことに熱心な「アーリーアダプター」が十分な数いる市場をターゲットにする必要がある。自社事業の顧客を見つけるために既存のプラットフォームも活用できる、というのが理想的だ(例:Craigslist上でAirBnBが拡散したり、Instagramが基盤プラットフォームとしてFacebookを活用するなど)。もし生産者(例:YouTubeのコンテンツ制作者)と消費者(例:YouTubeの視聴者)を引きつける両面プラットフォームを開発する場合、一方の側にいる消費者がもう一方の側の生産者にもなれると有益である。この現象は「サイドスイッチング」と呼ばれ、ビジネスを成長させる上で非常に強力な要素となります。それ以外で有利になるケースは、顧客が販売員にもなる場合だ。Dropbox、Uber、Hotmailなどの企業は、ユーザーを自社サービスの推進役としても利用してきた。
3.市場の制約を探す
大きく、かつ成長している市場をターゲットにする必要があることには既に触れた。しかし、どの市場であっても、言語の壁、地理的範囲、規制、通行料や税金、文化の違い、技術的基盤、購買力などによって何らかの形で制限されている。Googleの検索ビジネスは拡張性が高いものの、その拡張性の範囲には限界があります。例えば、Googleは中国ではブロックされており、第三世界の多くの地域ではインターネット・インフラストラクチャが整っていないため、Googleを利用できない。これが、インターネットが利用できない田舎にインターネットをもたらすために、同社がLoonプロジェクトを開始した理由である。どうすれば自社事業の市場を拡大し、障壁や制限を克服できるだろうか?
4.適切なことをする
本当に大規模に事業を拡大したいと考えている企業には、お金を稼ぐとか単に市場シェアを拡大するという目標でなく、高い視座でのパーパスが必要である。『指数関数的組織』の著者であるサリム・イスマイル氏は、それを「大規模な変革パーパス(MTP)」と呼んでいる。MTPは単に顧客の問題に対処することではない。例えばテスラのMTPは「世界の持続可能なエネルギーへの移行を加速する」である。ビジネスの初期段階(拡大前)で、事業の見通しが明るくなくても、より高い視座のパーパスが方向性とモチベーションを与えてくれる。
その後の拡張フェーズでは、より高い視座のパーパスが、各種の施策の方向性をそろえることや、短期間で膨大な数の人材を惹きつけることに役立ちます。今日では、潜在能力の高い人材は、ビジョンや野心のない組織に比べて、真のパーパスを持ち、大きな課題を解決しようとしている企業に入社する傾向がある。
BMIスケーラビリティ・マトリックスは、内部および外部の両方のスケーラビリティの観点からビジネスモデルを評価するのに適した方法である。両方の分野のスコアに応じて、自社のビジネスがどのような位置にあるかを理解するのに役立つ分類を作成した。
常に両面から考える
2008年に私が共同設立した教科書用のデジタルプラットフォームであるPaperCを振り返ると、私たちの事業に内部の拡張性は存在していた。私たちはサードパーティ(出版社)のコンテンツを活用し、コンテンツをデジタル化して高度に自動化した方法で学生や学者に配信していた。一方で外部の拡張性に関しては、教科書の販売は小さな市場であった。例えばmp3や動画配信の市場拡大に比べると、電子書籍の普及はそれほど印象的には進まず、市場は出版権によって言語や地域ごとに断片化されていた。外部の拡張性が内部の拡張性に追いついていなかったといえる。
内部と外部のスケーラビリティの両面を考えることが重要である。もし片方が弱ければ、もう一方がどれほど優れていても、成長のポテンシャルが限られてしまう。
フェリックス・ホフマン著、BMI LAB元CEO
DX・イノベーション手法を学ぶ、
マキシマイズのセミナー
いかがでしたでしょうか。弊社では、ビジネスモデル・ナビゲーターを日本企業にも普及させるべく、ワークショップやプロジェクト支援など様々な支援サービスを提供しております。ご興味の方は是非お問い合わせください。
次回は、「ビジネスモデル開発における大きな課題:システマチックにビジネスモデルを検証する方法("The big challenge in business model development: How to systematically test your business model")」という、ビジネスモデル仮説を検証する手順やプロセス、書式等の標準化に関するブログ記事をご紹介予定です。
WRITER
渡邊 哲(わたなべ さとる)
株式会社マキシマイズ シニアパートナー
Japan Society of Norithern California日本事務所代表
早稲田大学 非常勤講師
東京大学工学部卒。米国Yale大学院修了。海外の有力ITやイノベーション手法の日本導入を専門とする。特に海外ベンチャー企業と日本の大手企業や団体との連携による新規事業創出に強みを持つ。三菱商事、シリコンバレーでのベンチャー投資業務等を経て現職。ビジネスモデル・ナビゲーター手法の啓蒙活動をはじめ、日本のイノベーションを促進するための各種事業を展開中。
「アントレプレナーの教科書」「ビジネスモデル・ナビゲーター」「イノベーションの攻略書」「DXナビゲーター」「イノベーション・アカウンティング」を共訳/監訳。