コラム:ポストコロナ時代の「ビジネスモデル適応力」前編
4月に発令された緊急事態宣言は5月末には解除されましたが、依然として厳しい事業環境下にある業界も多く、「どのように生き延びるか」といった観点から様々な施策を講じている方も多いのではないのでしょうか。一方で、特に経営幹部や新規事業創造に携わる皆様は、コロナ感染の収束後に向けた中長期視点での施策、いわゆる「ポストコロナ時代への対応」についても検討されている事と思います。
本稿では、ポストコロナ時代の「変化に強い会社をつくる」という観点から、「ビジネスモデル・イノベーション」を進める上での参考としていただくため、前後編の2回に分け、前編では欧州企業各社で採用されるビジネスモデル・イノベーション手法である、「ビジネスモデル・ナビゲーター」と、ビジネスモデル・イノベーションの事例、後編では具体的なビジネスモデル・イノベーションの事例とビジスモデル転換の手順をご紹介させて頂きたいと思います。
【前編 トピックス】
・新型コロナ感染症が事業に与える4種の変化
・ビジネスモデル・ナビゲーターの概要
【後編 トピックス】
・ビジネスモデル・イノベーションの事例
・ポストコロナ時代のビジネスモデル転換
新型コロナ感染症が事業に与える4種の変化
企業規模の大小問わず新型コロナ感染症が事業環境に与える影響は依然として続いており、残念なことに事業縮小や廃業を余儀なくされるといったお店や企業を目にすることも多いというのが現状です。一方で、我が社では売上が拡大しているという方もいらっしゃるかもしれません。
今回の新型コロナ感染症が事業環境に与えた変化について、以下の4種に分類できるかと思います。
1)短期の勝ち組、負け組:4月の緊急事態宣言以降、レストラン、居酒屋、旅行業界など、対面でのサービスを伴う業界は、非常に厳しい事業環境にあります。逆に、マスクの製造販売など、販売量が急拡大している事業もあるはずです。これらの事業については、新型コロナウィルスの感染状況が収まるとともに、事業環境への影響も縮小され、コロナ以前の状態に戻るものと予想されます。
2)長期の勝ち組、負け組:一方で、デパートなど対面販売での小売業やオフィス賃貸用の不動産など、新型コロナウィルスの感染状況が収まった以降も、事業への悪影響が継続しそうな業界もあります。逆に、zoomのようなオンラインコミュニケーションツールやウーバーイーツなどのオンライン配達サービスについては、事業への好影響がポストコロナにおいても継続しそうです。
ポストコロナ時代への対応という意味においては、新型コロナ感染症が落ち着いた後も継続すると思われる変化を見出し、それを市場機会とする事業展開を考えることが重要です。
また昨今は、グローバル化、少子高齢化、地球温暖化に伴う異常気象、世界の政治経済の不安定化、スマホやAIといった急激なIT化の進展など、今回の新型コロナウィルス以外にも、様々な要因で事業環境が大きく変化しやすくなっています。このような変化の激しい事業環境においては、変化に対するビジネスモデル適応力が企業存続、事業拡大の鍵を握ると言ってよいのではないでしょうか。
ビジネスモデル・ナビゲーターの概要
それでは、変化に対するビジネスモデル適応力を身に着けるためにはどうしたらよいのでしょうか。実際には既存のビジネスモデルを変革することは容易ではありません。過去に写真用フィルムで世界シェア一位を誇ったコダックや小売玩具大手のトイザらスのような世界企業を含め、様々な企業がビジネスモデルを変革できずに破綻したり事業撤退を余儀なくされたりしています。
なぜ既存事業を持つ企業のビジネスモデル・イノベーションは難しいのでしょうか。ビジネスモデル・ナビゲーターを開発したスイス・ザンクトガレン大学のオリヴァー・ガスマン教授を中心とする研究チームは以下の3つが大きな要因ではないかと考えました。
1)既存事業の常識に縛られてしまい、新たな発想ができない
2)技術やコストの話と違い、ビジネスモデルという概念があいまいなため、ビジネスモデルを考えたり議論したりすることが難しい
3)新たな事業を創造し、立ち上げるための手順がわからない
これら3つの問題点を解決するために開発された手法がビジネスモデル・ナビゲーターです。ビジネスモデル・ナビゲーターでは、既存事業を持つ企業のビジネスモデル・イノベーションを支援するために以下3つのツールを提供しています。
1)55種のビジネスモデル・パターンカード
2)ビジネスモデルの4軸
3)新事業創造の4ステップ
では、各ツールを1つずつ見ていきましょう。まず、55種のパターン・カードは、既存事業に縛られない新たなビジネスモデルを発想するためのアイデア創造ツールです。全世界の約300件のビジネスモデル・イノベーション成功事例を分析し、それらに共通するビジネスモデルをパターンとして抽出したのが55種類のパターン・カードです。他業界の成功パターンを自社業界に当てはめることで、既存のビジネスモデルに捉われない新たな発想が可能になります。
次に、ビジネスモデルの4軸は、ビジネスモデルをシンプルかつ網羅的に定義することで、ビジネスモデルの議論や検討を確実かつ容易に実施可能にします。具体的には、顧客は誰か(WHO)、提供価値は何か(WHAT)、どのような手段で価値提供するのか(HOW)、なぜ儲かるのか(WHY)の4つの軸でビジネスモデルを定義します。ビジネスモデル4軸のうち2軸以上が変化したとき、ビジネスモデルの構造が変わったとみなし、ビジネスモデル・イノベーションと呼んでいます。ビジネスモデルの4軸は、新規事業の設計だけでなく、既存事業の分析、企画内容の精査などにも利用できる非常に有用なツールです。
最後に、新事業創造の4ステップは、新たな事業を創造し、立ち上げるための手順を、4ステップで明確にするためのビジネスモデル創造フレームワークです。現状分析、アイデア創出、事業設計、事業検証の4ステップを順に進めていくことで、新事業創造のプロセスが明確になります。新事業の創造は芸術的な右脳の作業だと言われることがあります。欧州企業は、左脳のロジカルなプロセスで右脳の事業創造を管理し、新事業創造の効率化、品質向上、時間短縮をはかっているのです。なお、新事業創造プロセスにおいて是非胸に刻んでいただきたい非常に重要な注意点があります。それは、事業検証のステップを実施することです。新事業アイデアの有効性を検証し、必要な修正を施し、世の中に通用する事業に練り上げてから実際の事業として立ち上げなければ、ほぼ確実に新事業は失敗に終わります。
ここまでビジネスモデル・ナビゲーターの概要と3つのツールをご紹介させていただきました。
後編はビジネスモデル・イノベーションの実例と、ビジネスモデル・ナビゲーターの手法を活用したビジネスモデル転換の手順を解説していきます。
ビジネスモデル・ナビゲーターの概要を解説するウェビナーも開催しています、手法についてさらにお知りになりたい方はこちらにご参加ください。
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DX・イノベーション手法を学ぶ、
マキシマイズのセミナー
今回はメルカリと既存のリサイクルショップをビジネスモデルの4軸とビジネスモデルパターンを使用して比較、分析をしました。4軸でビジネスモデルを分解する事でビジネスモデルの強みは何か、何が勝負を分けるのかといった点も明らかにすることができます。
今後もビジネスモデル・ナビゲーターの事例やセミナーの情報などご紹介させていただきます。
WRITER
田中 陽介(たなか ようすけ)
株式会社マキシマイズ コンサルタント
株式会社マキシマイズにて、国内大手企業向けに海外の有力ITやイノベーション手法の日本導入を支援。新規事業立ち上げ、事業開発に強みを持つ。広告代理店、中国向け電子コミック配信事業、プロ野球独立リーグ球団運営を経て現職。「イノベーションの攻略書」共訳。立教大学法学部卒業。