2020年代のビジネスモデルイノベーション:リーンスタートアップからインパクト・スタートアップへ(“Business Model Innovation 2020 – From Lean Startups to Impact Startups”)
みなさんこんにちは。マキシマイズ代表の渡邊です。今回も、既存事業を持つ大企業がシリコンバレーのスタートアップに負けない画期的な新規事業を創造するために、インダストリー4.0の一環としてスイスで開発された手法である『ビジネスモデル・ナビゲーター』開発元BMI Lab社のブログを皆さんにご紹介します(※BMIとはBusiness Model Innovation:ビジネスモデル・イノベーションの略です)。
今回のブログは「2020年代のビジネスモデルイノベーション:リーンスタートアップからインパクト・スタートアップへ("Business Model Innovation 2020 - From Lean Startups to Impact Startups")」という、経済的な成長と社会課題の解決を両立するというスタートアップの新たな潮流についてのお話しです。では本文をお楽しみください。
2019年12月4日
2020年代のビジネスモデルイノベーション
著者:Felix Hoffmann(BMI Lab元CEO)
(BMI Lab社ウェブサイトのブログ記事を、同社の許可を得て翻訳、掲載しています)
インパクト投資の市場は爆発的に成長しており、2013年の90億ドルから2018年には5020億ドルへと5年間で50倍に成長した。そして、これは仮想現実(VR、AR)への投資の100倍に相当する。2020年以降、社会課題や環境の課題はイノベーションの主な原動力として、スタートアップ文化と企業のイノベーション文化の両方を変革している。
15年前に私が経営学部の学生だった頃、教授たちは私にイノベーションの主要な2つの原動力を教えてくれた。1つはテクノロジーであり、「テクノロジー・プッシュ」とも呼ばれる。もう1つは市場であり、「マーケット・プル」と呼ばれる。
イノベーションの理論上、企業は最終的に新製品となる新技術を開発するために研究開発に多額の費用を投じるか、イノベーションの機会を見つけるために市場動向を観察することになる。「マーケット・プル」戦略においては、何らかのトレンドの重要性が増して市場機会が生まれたら、企業は新たな市場機会を活用するために予算を割り当てる。
000年代半ばに顧客中心主義、人間中心設計、デザイン思考が台頭し、「市場」と「テクノロジー」に対するこの考え方が変化した。その変化が生じて以降、顧客の抱える未解決の問題や満たされていない顧客ニーズを見出すためのスキルを従業員に教育し始める企業が増え続けた。マクロ視点で市場を観察する代わりに、観察と顧客インタビューを通じて培われる「共感」が新たなマントラとなった。
エリック・リースが考案したリーン・スタートアップと、エリック氏のメンターであるスティーブ・ブランク氏の2025年の著書「The Four Steps to Epiphany(邦訳:アントレプレナーの教科書)」で解説された内容は、同じ考え方に基づいている。彼らの理解の根幹は、ほとんどのアイデアやスタートアップが失敗する原因は、資金不足、市場規模が小さい、技術が劣っているということではなく、顧客ニーズが存在しない、または満たされていないことにあるというものだった。「オフィスの外に出て顧客のもとに行け」、「構築、測定、学習」、「MVP(最小限の実行可能な製品)」、「早く失敗しろ」といった言葉は、その世代の創業者やベンチャーキャピタリスト全員の流行語となった。その数年後には、この新たな業界用語は、大企業のマネージャーや大学関係者の間でも採用されるようになった。
出典:UNによるSDGsの説明図
2016年、国連は17の持続可能な開発目標(SDGs)を可決した。2018年のダンスケ銀行の調査によると、北欧のスタートアップ企業の10%がすでに、少なくとも1つのSDGsに取り組むいわゆるインパクトスタートアップであることが分かった。しかし、10%はほんの始まりに過ぎない。まもなく、イノベーションの主要な原動力は、テクノロジーや市場でも、満たされていない顧客ニーズでもなくなる。次の10年間のイノベーションの主要な原動力は、社会課題や環境の課題となるだろう。
しかし、あなたはこう思うかもしれない。「AI(人工知能)、VR(バーチャルリアリティ)、IoT(モノのインターネット)、3Dプリンティング(アディティブ・マニュファクチャリング)など、世の中には指数関数的に進歩する新たなテクノロジーがたくさんある。これらがイノベーションの主要な原動力でないわけがない」。その通りだ。テクノロジーはかつてないほど急速に進化している。しかし、テクノロジーには常に利用目的が必要なのだ。製品は、満たされていないニーズとマッチングして初めて成功を収めるのだ。しかし先進国では、民衆の住宅には製品があふれている。民衆が望んでいるのは同じ製品をたくさん手に入れることではなく、マズローの欲求の階層を上へ上へと進むことなのだ。気候変動、資源の枯渇、廃棄物、汚染、動物の絶滅などの地球規模の問題と比較すると、「満たされていない顧客ニーズ」などは恥ずべき話だ。
大きな事業機会
この機会は非常に大きいため、TechForGood Israelの共同CEOであるNir Shimony氏は、SDGsに関連する世界的な機会は2030年までに12.3兆米ドルを超えると見積もっている。
出典:画像は米HBOのTVドラマシリーズ『シリコンバレー(Silicon Valley)』より
インパクト・スタートアップのビジネスモデルは、顧客満足度や収益性を超えたものである。そのため、これらのビジネスモデルは「持続可能なビジネスモデル」または「インパクト・モデル」と呼ばれている。
インパクト・モデルとは、1つ以上のSDGに関してプラスの影響を生み出すことを目標に、社会的にも財務上も持続可能な方法で価値を創造、獲得、測定、拡大する方法の理論的な根拠である。
企業の社会的責任とは異なり、インパクト・スタートアップにおける「インパクト」はビジネスモデルの重要な要素であり、したがって組織の中核であるため、インパクト・スタートアップと呼ばれる。インパクト・スタートアップにはさまざまな種類がある。収益性の側面に重点を置くものもあれば、収益性よりもインパクトを重視する非営利団体もある。しかし、すべてのインパクト・スタートアップに共通するのは、インパクトを拡大することで大きなビジョンを達成するという目標だ。
一般的なインパクト・スタートアップの定義は、17のSDGまたはその基礎となる169のターゲットの少なくとも1つに取り組んでいるスタートアップというものだ。本ブログでは、バイオテクノロジーを使用して空気中の炭素を吸収する企業、IoTを使用したスマートで効率的なゴミ箱を開発する企業、AIと最新のドローン技術を使用して世界の最貧国の健康問題を解決するスタートアップ各社をインパクト・スタートアップの例として紹介したい。
貧困と飢餓に取り組むインパクト・スタートアップ
多くのインパクトスタートアップが、クラウド・ファンディングや第三世界の貧困層向けのマイクロ・レンディングの分野で活躍している。資本へのアクセスは大きな問題であるため、市場は巨大であり、資本へのアクセスという事業機会を核としたインパクト・モデルを構築可能だ。たとえば、Zidishaはマイクロ・ローンのプラットフォームとして成功をおさめた。(通常は先進国出身の)貸し手の人々が、発展途上国の起業家の特定の投資(生産性向上のためのミシンの購入など)のために小遣いを貸す。Zidishaは、仲介銀行を介さずに国境を越えて貸し手と借り手を結びつける、世界初の個人対個人の貸付プラットフォームである。2009年の設立以来、このプラットフォーム上で25万件以上のプロジェクトを支援し、1,600万ドル以上の貸し出しを実施した。1,600万ドルという数字は「シリコンバレーの基準」では大したことのない数字かもしれないが、発展途上国においては大金だ。
Tervivaは、貧困地域における資源と収入を増やすために、数百万本のポンガミアの木を植えている。上の図は、ポンガミア独特の経済的および環境的なメリットの説明図だ。
出典: Terviva
しかし、まもなく全世界の人口が80億人に達する状況にある中で、飢餓問題を解決するにはどうすればよいのだろうか?多くのインパクト・スタートアップと同様に壮大なビジョンを持つのが、TerVivaだ。同社のビジョンは、「我々は何百万本もの木を植えて、何十億もの人々に食料を供給する」というものだ。同社は生産者と提携して資源投入を最小限に抑えつつ、生命力が強く、収穫量が多いポンガミアの木を、劣化した土地で育てている。特許取得済みのポンガミアの木には、大豆やエンドウ豆に近い種類のマメ科植物の実ができる。収穫できる豆はタンパク質が豊富で健康に良く、また植物油の生産にも使用できる。収穫量は大豆の10倍で、食品や有機燃料に利用可能だ。さらに同社によれば、ポンガミアの木による豆の栽培は、水の使用量が少なく、メンテナンスも少なくて済み、肥料や農薬をほとんど、もしくはまったく使用せずにポンガミアの木を生育できる。2019年初頭に、同社はシリーズDラウンドで2,000万ドルの資金を調達した。
しかし、全世界の問題は人口の多さだけではない。世界の人口の約10%が依然として極度の貧困(1日1.90ドル未満と定義)の中で暮らしている。不平等は個々人を過激化させ、結果的に犯罪、テロ、戦争につながる恐れがある。したがって、多数の労働者に適切な収入をもたらす(仲介者を介さない)公正なサプライチェーンの構築を目標に、先進国で発展途上国で生産された製品を販売するスタートアップ各社は重要な存在と言える。そのようなスタートアップの1社がCoffee Circleだ。同社は、コーヒー農家に公正な収入を支払い、さらに社会的および環境に優しいプロジェクトを追加的に実施することで地域社会を支援している。公正な価格と透明性に加えて、同社では収益の一部を「WASHプロジェクト」に寄付し、エチオピアの約20,000人の人々に清潔な飲料水と衛生設備へのアクセスを提供している。
政治家が地球を救えないなら、起業家は救えるだろうか?
シンギュラリティ大学の共同創設者であるピーター・ディアマンディス氏は、「人類が地球に降り注ぐ太陽エネルギーの1000分の1でも捕捉できれば、現在あらゆる形で消費しているエネルギーの6倍ものエネルギーを利用できるようになる」と主張している。しかし、太陽電池生産には、コスト、汚染、エネルギー効率などの問題がある。Utilightは、太陽電池生産のコスト、時間、材料を大幅に削減し、太陽電池効率を向上させることを目指すイスラエルのスタートアップだ。同社は、太陽光発電セルの大量生産のための特許出願中の印刷システムを発明した。ロバート・ボッシュ・ベンチャーキャピタルは、2016年にこの太陽光発電スタートアップ企業に300万ドル以上を投資した。同社とは別のスタートアップであるEnergy Vaultは、別の問題、すなわち電力貯蔵の問題に取り組んでいる。同社は、重いコンクリートブロックで作られた可動式のタワーを上下させて送電網を充放電するというコンセプトで、ソフトバンク・ビジョン・ファンドから1億1000万ドルを調達した。
インテリジェントで省資源な廃棄物管理を実現するためのEnevoのシステム・アーキテクチャ
出典: Enevo
都市や多くの産業(例:ファーストフード)の大きな問題の1つは、廃棄物管理だ。フィンランドのスタートアップ企業であるEnevoは、IoTセンサーを使用して廃棄物コンテナからデータを収集して分析することで、非効率性を減らし、廃棄物収集コストを削減し、リサイクルを促進している。「成果報酬契約」のビジネスモデルを使用することで、同社ではクライアントがコストを節約したときにのみ収益を得る形をとっている。2010年に設立された同社は、すでに70人以上の従業員を抱え、全世界の6大陸で約4万個のセンサーを運用中している。
今日の直線的な生産プロセスは、廃棄物、汚染、炭素など様々な悪影響を環境に及ぼしている。ファストファッションなど廃棄される前に数回しか使用されない製品も多数あり、極端な場合には食品廃棄物など、まったく使用されないで廃棄されてしまうものもある。「No Food Wasted」や「Too Good To Go」などのモバイル・プラットフォームでは、レストランや小規模店舗が賞味期限が近くなった古い食品を割引価格で販売できる。顧客は大幅な割引の恩恵を受け、同時に環境にも貢献できる。この2つのプラットフォームだけで、すでにそれぞれ2,000万食以上の料理が節約されている。
一部の政治指導者を除く世界のほぼすべての人々が、大規模な気候変動による気候の崩壊が人類に降りかかっていると考えている。抗議活動や法規制の変更(炭素税など)は、40年前に行動する機会を逸した人類の目を覚ますための重要な手段であると言える。しかしながら、インパクト・スタートアップの創業者の中には、さらに先へ進み、模範を示す人もいる。これらの創業者の中には、気候崩壊という壮大な課題に取り組んで、そこから実行可能なビジネスモデルを生み出そうと努力している人もいるのだ。その良い例がSkyminingだ。同社は、特殊な草を使って空気から物理的に炭素を吸収し、それを化石燃料に代わるクリーンな代替燃料に変換することで、地球全体の炭素の流れを逆転させている。同社は、他の農業には使用できない条件の悪い土地で、100日以内に最大4メートルまで成長する特殊な草を開発した。同社によれば、吸収したCO2の20%が地中に留まるため、CO2の吸収~代替燃料の燃焼までの一連のプロセスを通じて大気中のCO2の量が減少する、すなわちマイナスのCO2バランスを達成しているとのことだ。
オーシャン・クリーンアップの技術で、1mmの大きさまでのマイクロプラスチックを回収できる。プラスチック廃棄物は素材としてリサイクルされ、高品質の製品が作られる。
出典:Ocean Cleanup
今日のニュースのほとんどを地球温暖化の話題が占めているが、その一方で海洋環境もまったく良い状況にない。エレン・マッカーサー財団は、現在のペースでプラスチック消費を続ければ、2050年までに海水中のプラスチックの量が魚の量を上回ると警告している。このディストピアを壮大なビジョンに転換したスタートアップがある。The Ocean Cleanup社のビジョンは、2050年までに海水中のプラスチックをゼロにすることだ。このスタートアップ企業は、風、海流、波をうまく利用して海洋のプラスチックを一か所に集めて回収する受動的なシステムを開発した。回収されたプラスチックはリサイクル素材として、高品質の製品に生まれ変わる。同社では、素材を再利用素材としてブランディングして販売し、海洋清掃を自立したビジネスモデルに変えていく計画だ。同社への寄付金はうなぎのぼりで、すでに3,000万ドルを超えている。2019年10月、同社は問題の根本原因に一歩近づくために、プラスチックによる河川汚染を阻止する自動運転船のInterceptorを発表した。
基盤:資本とインフラへのアクセス
持続可能な開発の基盤は、平和、民主主義、インフラ、教育、資本へのアクセスであり、これらはSDGsでカバーされている。そして世間で一般的に考えられていることと反するのだが、インパクト投資の収益性は通常の投資に比べて決して劣っていないインパクト投資プラットフォームは、持続的な開発の基盤の成長を促進するビジネスであり、したがって、常識的かつ公正な賃金の仕事と経済成長を融合させることを目指している。この分野での少額投資を可能にする興味深いプラットフォームにNewdayがある。Newdayは、事前知識がなくても誰もが責任ある投資を始めることができるモバイルアプリだ。
Ziplineはドローンを使ってアフリカの僻地に医薬品を配達している。上記の写真では、ドローンの1つが医薬品の箱をパラシュートで降下させている。
出典: Zipline
SDGsの目標の1つに農村部における交通アクセスがあるが、それというのも世界の多くの地域には、いまだに道路や鉄道がつながっていないからだ。Ziplineは、医薬品配達で遠隔地にアクセスするために飛行ドローンを活用するというスタートアップだ。同社はルワンダとガーナで事業を展開しており、今後5年以内に7億人に医薬品を配達する予定だ。最近のラウンドで1億9,000万ドルの資金調達を実施して以降、同社の評価額は10億ドルを超え、いわゆる「ユニコーン」となった。
インパクト・スタートアップ各社は、世界的な課題を利用してイノベーションを促進し、インパクト・モデルを作成して、新産業創出を実現することにおける先駆者だ。そして今こそ、大企業がこれらの世界的な課題に取り組み、それをイノベーション戦略の中心に据え、世界に影響を与える潜在力を活用するときだ。
DX・イノベーション手法を学ぶ、
マキシマイズのセミナー
いかがでしたでしょうか。弊社では、ビジネスモデル・ナビゲーターを日本企業にも普及させるべく、ワークショップやプロジェクト支援など様々な支援サービスを提供しております。ご興味の方は是非お問い合わせください。
次回は、「CES2020に見るビジネスモデルイノベーション("Business Model Innovation from the CES 2020")」という、ビジネスモデル・イノベーションの視点からスタートアップを見ることで得られる示唆に関するブログ記事をご紹介予定です。
WRITER
渡邊 哲(わたなべ さとる)
株式会社マキシマイズ シニアパートナー
Japan Society of Norithern California日本事務所代表
早稲田大学 非常勤講師
東京大学工学部卒。米国Yale大学院修了。海外の有力ITやイノベーション手法の日本導入を専門とする。特に海外ベンチャー企業と日本の大手企業や団体との連携による新規事業創出に強みを持つ。三菱商事、シリコンバレーでのベンチャー投資業務等を経て現職。ビジネスモデル・ナビゲーター手法の啓蒙活動をはじめ、日本のイノベーションを促進するための各種事業を展開中。
「アントレプレナーの教科書」「ビジネスモデル・ナビゲーター」「イノベーションの攻略書」「DXナビゲーター」「イノベーション・アカウンティング」を共訳/監訳。