顧客ニーズの変化が都市空間のモビリティに新たなビジネスモデルをもたらす(“Changing customer needs call for new business models in urban mobility”)

みなさんこんにちは。マキシマイズの渡邊です。今回も、既存事業を持つ大企業がシリコンバレーのスタートアップに負けない画期的な新規事業を創造するために、インダストリー4.0の一環としてスイスで開発された手法である『ビジネスモデル・ナビゲーター』開発元BMI Lab社のブログを皆さんにご紹介します(※BMIとはBusiness Model Innovation:ビジネスモデル・イノベーションの略です)。
今回のブログは「顧客ニーズの変化が都市空間のモビリティに新たなビジネスモデルをもたらす("Changing customer needs call for new business models in urban mobility")」という、都市のモビリティにおける顧客ニーズとビジネスモデルの動向についてのお話しです。本ブログ記事では触れられていませんが、既にサンフランシスコやロサンゼルスで商用化されているWaymoのような自動運転タクシーも間違いなく都市モビリティの常識を革新する新世代ソリューションと言えます。では本文をお楽しみください。
2022年5月25日
顧客ニーズの変化が都市空間のモビリティに新たなビジネスモデルをもたらす((BMI Lab社ウェブサイトのブログ記事を、同社の許可を得て翻訳、掲載しています)

都市空間モビリティは長い歴史を持つ産業だが、近年最も動きの激しい産業のひとつでもある。この分野では多くの新たなビジネスが生まれており、革新的な事業コンセプトを持つものもあれば、そうでないものもある。同分野の市場動向は現在進行形で変化しており、都市空間モビリティは進化を遂げる必要がある。それというのも、移動の大半は都市で発生し、しかもほとんどの都市において人口が増加しているため、モビリティ、特に様々なニーズに柔軟に対応可能なモビリティが必要となっているからだ。
持続可能な社会システムにおいて、超高効率・超高速・超高頻度な移動を可能にするハイパーモビリティ、利用者のニーズや環境変化に対する移動手段の柔軟性、そして持続可能な移動を推進する社会変革の重要性はますます高まっている。新たなビジネスモデルや技術の進歩は、長期的に利用可能でシームレスに連携するモビリティの新たな選択肢や派生ソリューションを生み出す大きな可能性を秘めている。モビリティ事業者や意思決定者は、新たな需要に適応し、より柔軟性を高め、顧客を中心に据えて顧客ニーズに注力しなければならない。
新たなモビリティとビジネスモデルの関係性
都市空間モビリティの進化における最も重大な障害のひとつは、個人としての一人用の移動手段の必要性と、輸送サービスの高額な初期投資とを両立させる持続可能なビジネスモデルが無いことであった。このことから、特にモビリティ統合の段階においては、ますます多様化する都市通勤者のニーズをよりよく満たすための新たな革新的ビジネスモデルの開発がより重要視されていることがわかる。
都市空間モビリティ市場では、次の3つの人的ニーズが満たされなければならない。1つ目は自立するために恒久的に車両を保有する必要があること、2つ目は特定の場所における移動ニーズ、そして最後の1つは、車両のオンデマンド利用のニーズである。最初の2つのニーズは、3つの主要なビジネスモデルによって、2000年代以前にすでに解決されている。
都市空間モビリティの分野では今、5つの新しいビジネスモデルによる変化が起きている。以下ではそれぞれのビジネスモデルを解説する。
新たに登場した5つのビジネスモデル
D2Cディストリビューション

この戦略は、従来の流通モデルとは相反するものである。D2Cブランドは、自社運営の小売店舗やウェブショップを通じて、個人顧客に直接自動車を販売またはリースする。このビジネス戦略の狙いは、代理店や流通業者への依存を断ち切ることで自動車メーカーのコストを下げることであり、すなわちテスラやNIOのような企業が顧客価格の引き下げや利幅を拡大することを意味する。
車両ソリューション・プロバイダー

この戦略では、自動車だけでなく関連する保険や修理サービスもセットにした形で顧客にソリューションを直接提供する。自動車を購入することに興味がない、あるいは購入できないが、それでも自分で運転したいという人が対象顧客層である。顧客のメリットは、月々の支払いで商品とサービスを利用できることだ。車両ソリューション・プロバイダーの例としては、SIXT社やCLUNO社がある。
ライド・プーリング

「ライド・プーリング」という用語は、MOIAやクレバー・シャトルのように、複数の乗車依頼をグループ化することを指す。通常、この仕組みはオンデマンド・サービスに用いられる。ライド・プーリングでは、乗客を個々に輸送するのではなく、似たルートを移動する複数の乗客を組み合わせる。利用者は同じ車両に乗り、ルートの一部を同乗しながら移動する。車両だけでなく運賃も共有することで、交通渋滞を緩和しつつ、より効率的な移動を実現する。
ライドヘイリング

「ライドヘイリング」とは、消費者がオンラインで、通常はスマートフォンのアプリを通じて、個別の乗車サービスを予約することを指す。基本的な仕組みはタクシーと同じだ。消費者はライドヘイリング・プラットフォームを通じて乗車を依頼し、このプラットフォームがドライバーと乗客を仲介する役割を果たす。UberやBoltは、プラットフォームとして機能する代表的な企業である。
このビジネスモデルの実践的な応用例として、PostAuto社のKollibriプロジェクトが挙げられる。私たちはスイスのモビリティ・プロバイダーである同社に協力し、スイスの農村地域における交通の革新に取り組んだ。詳しく知りたい方は、こちらのケーススタディをご覧ください。
モビリティ・シェアリング

Lime社やTIER社は、個人の移動手段としてオンデマンドで乗り物を利用できるサービスをユーザーに提供している。これは、公共交通機関を補完する手段や、街を気軽に探索する楽しみ方を求める地元の人々や観光客に適した選択肢となる。文字通りオンデマンドで、利用後は目的地で乗り物を返却できる。
未来のモビリティの動向
モビリティの未来は、私たちの選択によって左右される。だからこそ、毎日車を運転する人々は、その習慣を見直す必要がある。現在、4つの重要なモビリティトレンドが進行中だ。
- 複数の交通手段 - 複数の移動手段を活用し、より効率的に移動する
- スマート - 移動をより快適にするデータ
- シェア - 相乗り型カーシェア、乗り捨て可能カーシェア、セルフサービス型カーシェア
- 電気自動車 - 安全、静かで、エネルギー補充が容易な交通手段
自動車利用を最適化するためには、自家用車の概念を捨て、オンデマンドで自動車を共有するモデルを採用することが、論理的で望ましい動きに見える。都市空間モビリティの概念そのものを再考しなければならない。大都市では道路が混雑し、公共交通網に過度の負担がかかっているため、代替の移動手段を優先しなければならない。これまでは地域社会におけるコスト節減など、いくつかの付加的な要素が、いわゆる「ソフト」な都市空間モビリティの発展に役立ってきた。ただし問題は、都市の規模が今後も拡大し続け、毎日の通勤のために自動車を購入する人がますます増えると専門家によって予測されていることだ。しかしながら、本来の自動車はもはや最良の選択肢ではなく、代替交通手段にますます取って代わられるだろう。

実行可能なビジネスモデルと、公共機関による支援や制度設計があれば、サービスは試験段階を脱し、
モビリティ・エコシステムへと統合される。
— リディア・シニョール、複合モビリティ委員会マネージャー
革新的な未来のビジネスモデル開発の指針となる5つの仮説
1.「最良」のアセット構造というものはないが、事業者は自分たちの強みと弱みを認識する必要がある
ここでは、より容易に事業規模を拡大し、成功モデルを複製できる「アセットライト」な企業と、ビジネスモデルをより持続可能なものにできる「アセットヘビー」なモビリティ事業者について考えてみる必要がある。実際、どちらの場合でも、それぞれの市場の強みと弱みを分析することで、より適切に成長の見通しを得ることができる。
2.モビリティ予算について公共機関と交渉する際には、勝利のためにどれだけのコスト(時間や労力)を覚悟できるかが最大の交渉力となる
緊密かつ透明性の高い官民パートナーシップが成功要因であることが実証されており、公共機関の信頼を得ることはモビリティ事業者にとって非常に重要である。特定のモビリティ企業に対して公共機関の関係者が信頼を寄せることが鍵となるが、ウーバーのようなプラットフォーム事業者にとっては、依然として難しい状況にあるようだ。
3.即興的な対応を余儀なくされることがイノベーションの可能性を引き出すことがある
コロナ禍など危機的状況においては、企業は柔軟性を持ち、新たな市場の衝撃に適応する必要が生じる。つまり、既存のインフラを新たな別の目的のために再調整しなければならなくなる。その結果として、企業は新たなビジネスの可能性を見出し、多額の投資をすることなく新たなサービスを提供できるようになる。
4.社会システムの改革は効率を高めるチャンスである
モビリティ分野では、資産とインフラをより効率的に利用する必要がある。これは、非ピーク時にモビリティ・サービスを利用するよう人々にインセンティブを与えることで、アセット保有に関するモビリティ事業者への要求を緩和し、メンテナンス性とアセット利用率の向上を可能にすることで達成できる。成功の鍵は、利害関係者との意思疎通と意思決定の透明性である。
5.現在および将来の各種モビリティ・サービスは、単一のアプリを通じて消費者に提供されるようになる
現在、多くのモビリティ・プロバイダー、プラットフォーム開発者、その他の関係者が、消費者のあらゆるモビリティ・ニーズに対応するために、モビリティ分野を多角的に探求している。しかし、各種モビリティサービスの共通インターフェイスとしての支配的な地位を確立したスーパーアプリは現時点では存在せず、それはモビリティ・アズ・ア・サービス(MaaS)の統合がまだ進んでいないためだ。
未来のビジネスモデル
ほとんどの新しいビジネスモデルは近年生まれたものであり、一方で、過去数十年にわたって真に革新的なイノベーションは稀だった。だからこそ、モビリティ事業者の次なる大きな目標は、モビリティ利用におけるハブ的存在となるか、適切なエコシステムに参画することだ。さらに、柔軟性を維持し、事業環境の変化に臨機応変に対応しながら新たな収益モデルを考える力が鍵となる。事業者が適切な戦略を取れば、モビリティサービス事業の未来は間違いなく明るいだろう。

DX・イノベーション手法を学ぶ、
マキシマイズのセミナー
いかがでしたでしょうか。弊社では、ビジネスモデル・ナビゲーターを日本企業にも普及させるべく、ワークショップやプロジェクト支援など様々な支援サービスを提供しております。ご興味の方は是非お問い合わせください。
次回は、「ビジネスモデル・イノベーション入門編 - パート1:ビジネスモデルとは何か?("Business Model Innovation Basics Series - Part 1: What is a Business Model?")」という、ビジネスモデルの定義に関するブログ記事をご紹介予定です。
WRITER

渡邊 哲(わたなべ さとる)
株式会社マキシマイズ シニアパートナー
Japan Society of Norithern California日本事務所代表
早稲田大学 非常勤講師
東京大学工学部卒。米国Yale大学院修了。海外の有力ITやイノベーション手法の日本導入を専門とする。特に海外ベンチャー企業と日本の大手企業や団体との連携による新規事業創出に強みを持つ。三菱商事、シリコンバレーでのベンチャー投資業務等を経て現職。ビジネスモデル・ナビゲーター手法の啓蒙活動をはじめ、日本のイノベーションを促進するための各種事業を展開中。
「アントレプレナーの教科書」「ビジネスモデル・ナビゲーター」「イノベーションの攻略書」「DXナビゲーター」「イノベーション・アカウンティング」を共訳/監訳。