先進的なイノベーション戦略を中心に組織を結集する(“Rallying organisations around forward-thinking innovation strategies”)

みなさんこんにちは。マキシマイズの渡邊です。今回は書籍『イノベーションの攻略書(原題:The Corporate Startup)』著者ダン・トマ氏の書籍『The Innovation Accounting』に関するブログ記事をご紹介します。同書の日本語版『イノベーション・アカウンティング』を2022年10月5日に発売開始しました。
今回は、「先進的なイノベーション戦略を中心に組織を結集する("Rallying organisations around forward-thinking innovation strategies")」という、組織の方向性を示すイノベーション戦略の重要性についてのお話です。では本文をお楽しみください。
2024年5月29日
先進的なイノベーション戦略を中心に組織を結集する((BMI Lab社ウェブサイトのブログ記事を、同社の許可を得て翻訳、掲載しています)
我々アウトカムは、ライファイゼン銀行インターナショナルのアレクサンドラ・ペトコフ=ゲオルギエヴァ氏に対し、大規模かつ複雑な組織においてイノベーションの能力と文化を構築する上での課題、急進的な変化を追い求めることが常に最良の戦略であるとは限らない理由、そしてイノベーションを通じて意義ある変化を推進するためには組織全体の整合性が極めて重要である理由について話を伺った。
アウトカム:多くの企業は、「隣接的」なイノベーション、つまり既存の強みやビジネスモデルを活かすような取り組みを過小評価しがちで、その代わりに「急進的」あるいは「破壊的」といった、より華やかに見えるイノベーションを優先する傾向があります。言い換えれば、イノベーションを「破壊的」か「漸進的」かという二元論的な枠組みで捉えているということです。こうした傾向は、なぜ生まれると思われますか?また、ご自身のご経験を踏まえて、企業としてはどのように向き合うべきだとお考えでしょうか?
アレクサンドラ:素晴らしいご質問ですね。議論の出発点として非常に適切だと思います。企業が「急進的なブレークスルー」の魅力を追い求めるあまり、「隣接的」なイノベーションの可能性を見過ごしてしまうことがあるのは、非常に興味深い現象です。イノベーションを「破壊的」か「漸進的」かという二元論的な視点で捉えてしまうと、自社の強みを十分に活かすことが難しくなる可能性があります。これまでのイノベーションマネジメントの経験から、こうした傾向が生まれる背景にはいくつかの要因があると考えており、企業としてどのように対応していくべきかについても、いくつかの示唆があると思います。
アレクサンドラ:一つの理由として挙げられるのは、やはり「急進的なイノベーション」が持つ強い魅力です。こうした取り組みは注目を集めやすく、取締役会など経営層の関心を引きつけ、社内でも大きな期待感や高揚感を生み出します。さらには、業界全体を大きく変革する可能性すら秘めています。ただ、そのようなインパクトの大きい機会を追い求めるあまり、「隣接的なイノベーション」が持つ力を軽視してしまうことがあるのも事実です。
このように非凡さばかりに目が向いてしまうと、「意味のある進歩」とは何かという認識そのものが偏ってしまう可能性があるのです。
アレクサンドラ:もう一つの要因として挙げられるのが、漸進的なイノベーションを「単なる小さな前進」として捉えてしまう認識です。このような考え方は、既存の枠組みの中での改善が持つ変革力を過小評価してしまうことにつながります。イノベーションを「破壊的」か「漸進的」かの二元論で分類してしまうと、企業として多様な可能性を探る余地を自ら狭めてしまうのです。このような課題を乗り越えるには、両方のイノベーションを支える文化を育てていくことが何よりも重要だと私は考えています。イノベーションマネジメントにおいては、どんな形のイノベーションであっても奨励し、正当に評価するための仕組みづくりが求められます。たとえば、「漸進的な改善」と「破壊的なブレークスルー」の両方の価値をしっかり伝えるストーリーをどう構築していくか、という問いにも向き合っていく必要があると思います。スティーブ・ブランクの言葉にとても共感しているのですが、彼はこう言っています。「開拓者(=漸進的な改良)は私たちの給料を稼ぎ、探検者(=破壊的な挑戦)は私たちの退職金を稼ぐ」と。
アウトカム:大規模で、多様性があり、かつ複雑な組織においてイノベーション戦略を考えるとき、最も大きな課題として挙げられるものを、3つ挙げるとしたら何でしょうか?
アレクサンドラ:そうですね、まず最初に挙げたいのは、「将来のビジョンが明確でないこと」と「企業全体の戦略とイノベーション戦略が結びついていないこと」です。多くの企業では、どうしても目の前の事業運営に集中しがちで、その結果として、将来に向けた方向性を思い描いたり、それを魅力的に言語化したりするのが難しくなってしまいます。経営トップのリーダーから明確なビジョンが示され、それが組織全体にインスピレーションを与えるものでなければ、前向きなイノベーション戦略を全社で推進するのはなかなか難しいと思います。
アレクサンドラ:2つ目の課題は、私が「多種多様な信念の中での意見集約」と呼んでいるものです。大規模で多様性のある組織においては、イノベーションに関する共通の理解を持ち、関係者全体を同じ方向に導くことが大きなチャレンジになります。イノベーションの取り組みは、必ずしも明確なデータだけに基づいて進められるわけではなく、曖昧で解釈の余地がある情報をどう捉えるかという判断が求められます。そのため、関係者によって「進むべき道」に対する見解や信念が異なりやすく、それが組織としての方向性を揃える上での障壁となるのです。
アレクサンドラ:そして3つ目は、イノベーション戦略が持つ反復的な性質をどう組織内に伝えていくか、という点です。イノベーション戦略というのは、あらかじめ決められた固定的で変更できない計画ではなく、時間の経過とともに進化していくアプローチである、ということをきちんと伝える必要があります。ですが、複雑な組織においては、イノベーション戦略を一度決めたら終わりの「固定された青写真」として捉えてしまう傾向があるのも事実です。しかし実際には、新しい気づきや市場の変化に対応しながら、戦略を柔軟に見直していく姿勢が不可欠だと思います。
アウトカム:企業は、明確な戦略テーマに優先順位をつけて取り組むべきでしょうか?それとも、多様なアイデアを自由に展開させ、1000個の花を咲かせる("let 1000 flowers bloom")べきなのでしょうか?この点について、これまでのご経験からどのようにお考えですか?
アレクサンドラ:組織が革新的なブレークスルーを実現するためには、いわゆる「ボリュームゲーム」に取り組む必要があります。これは、特定の戦略テーマのもとで多くのアイデアやイノベーションを創出し、その中のごく一部が成功するという前提に立った戦略です。このようなアプローチは、多様なイノベーションのポートフォリオを構築し、その中からいくつかが大きな成果を生み出すという、統計的な可能性に基づいています。
アレクサンドラ:理論的には、「1000の花を咲かせる」ように、数多くのイノベーションを同時に試みる“ボリュームゲーム”を実行することも可能かもしれません。しかしながら、実際にはリソースの制約や、複数の新たなビジネスモデルを効果的にスケールさせる能力を考慮する必要があります。過剰な数のイノベーションを同時に追求することは、現実的に困難な場合が多いのです。加えて、組織としては新規ビジネスの立ち上げや運営を吸収・管理するためのキャパシティについても、慎重に見極めなければなりません。あまりに多くの新規案件を同時に進めてしまうと、リソースが分散し、結果として持続的な成長を実現する力が損なわれてしまう可能性があります。
アウトカム:近年、ESGに関する議論が非常に盛んになっています。しかし過去10年を振り返ると、イノベーションを再現可能なプロセスとして確立できた企業はごくわずかに留まっています。このことから、ESGもまた、議論は活発である一方で、実際の取り組みにはなかなか結びつかないという、同様の道を辿る可能性があるとお考えでしょうか?また、ESGの実現には革新的な思考と行動が不可欠とされる中で、企業は強固なイノベーション能力を持たずして、本当にESG目標を達成することができると思われますか?
アレクサンドラ:ESG(環境・社会・ガバナンス)と、イノベーションを再現可能なプロセスとして確立する際に直面する課題の間には、非常に興味深い共通点があると感じています。いずれの領域も、それが機能するエコシステムの影響を大きく受けるものであり、さまざまなステークホルダーによる協働や連携した取り組みが求められます。ただ残念なことに、こうしたエコシステムの中でイノベーションを効果的に推進していくための実践的なアプローチについては、依然として不足しているのが現状です。参加者全員にとって公平な“Win-Win”の関係性を築きながら、そうしたエコシステム全体をうまく舵取りすることは非常に難しく、企業側がコントロールを握ろうとする傾向もまた、課題を複雑にしています。
アレクサンドラ:加えて、ESGは単なる形式的なチェックリストを満たす作業にとどまるものではありません。企業には、根本的な意識改革が求められます。ESGは、企業のアイデンティティに深く根付き、意思決定プロセスを導き、組織文化そのものを形作る存在でなければなりません。ESGを本当に取り入れるためには、短期的な利益を追求するのではなく、持続可能な取り組みを優先するというトレードオフを受け入れる必要があります。そのため、既に確立された組織構造や慣行を持つ大企業にとっては、ESGの原則に適応することが特に難しい課題となり得ます。
アレクサンドラ:確かに、ESGもイノベーションと同様に、議論は盛んでありながら実際の行動が伴わないという軌跡を辿るリスクは存在します。しかし同時に、イノベーションの力を活用することで、ESGを大きく前進させる絶好の機会でもあります。また、イノベーション分野で過去に犯された失敗から学ぶことによって、ESGの課題に対してより賢明かつ効果的に取り組むことが可能になります。ですので、この機会をしっかりと捉え、意義のある変革を推進し、持続可能な未来の創造につなげていくべきだと思います。

DX・イノベーション手法を学ぶ、
マキシマイズのセミナー
いかがでしたでしょうか。弊社では、ダン・トマ氏が欧州企業向けに導入支援を進めているイノベーション・システムを日本企業にも普及させるべく活動しております。ご興味の方は是非お問い合わせください。
次回より、「イノベーションの攻略書」「イノベーション・アカウンティング」に続く、ダン・トマ氏の書籍の第3弾である、2025年末に発売予定の英語書籍『OPEN INNOVATION WORKS』についてのブログ記事をご紹介します。
WRITER

渡邊 哲(わたなべ さとる)
株式会社マキシマイズ シニアパートナー
Japan Society of Norithern California日本事務所代表
早稲田大学 非常勤講師
東京大学工学部卒。米国Yale大学院修了。海外の有力ITやイノベーション手法の日本導入を専門とする。特に海外ベンチャー企業と日本の大手企業や団体との連携による新規事業創出に強みを持つ。三菱商事、シリコンバレーでのベンチャー投資業務等を経て現職。ビジネスモデル・ナビゲーター手法の啓蒙活動をはじめ、日本のイノベーションを促進するための各種事業を展開中。
「アントレプレナーの教科書」「ビジネスモデル・ナビゲーター」「イノベーションの攻略書」「DXナビゲーター」「イノベーション・アカウンティング」を共訳/監訳。