戦略の役割とは何か?("What Is The Role Of Strategy?")

オープンイノベーション

みなさんこんにちは。マキシマイズの渡邊です。今回も書籍『イノベーションの攻略書(原題:The Corporate Startup)』、『イノベーション・アカウンティング(原題:The Innovation Accounting)』の著者であるダントマ氏のブログ記事をご紹介します。

今回は、「戦略の役割とは何か?("What Is The Role Of Strategy?")」という、企業における戦略の位置づけや活用方法についてのお話です。では本文をお楽しみください。

戦略の役割とは何か?("What Is The Role Of Strategy?")

2025年5月6日
ダン・トマ氏
戦略の役割とは何か?
(ダン・トマ氏が"OUTCOME社ウェブサイト"に掲載したブログ記事を、本人の許可を得て翻訳、掲載しています)

電話の利用者が100万人に到達するまでには75年を要した。テレビは約13年でそれを達成した。Netflixはわずか3年半で同じマイルストーンに到達し、ChatGPTに至ってはたった5日で達成している。

私たちは、変化と情報拡散のスピードが指数関数的に加速する世界に生きている。しかし、多くの企業はいまだに戦略を、実行だけを目的とした静的な文書として扱っている。洗練されたスライド、野心的な目標、そして明るい未来への道筋を示すロードマップを並べた華々しい戦略文書が、世界中の企業の役員会議室で発表されるのは、何も珍しいことではない。だが、拍手が静まり、実行段階に移ったとき、一体何が起きるだろうか。大多数の企業では、結局のところほとんど何も起きないのである。

調査によれば、戦略計画に盛り込まれた項目のうち、実際に最後まで実行されるものはごくわずかである。経営陣は日々の業務に追われ、戦略的思考に費やす時間は驚くほど少ない。一方で、従業員の95%は自社の戦略をまったく理解していない。このような戦略と従業員との乖離は、機会損失や意思決定の後手を招くだけでなく、戦略そのものが無意味あるいは形式的な儀式にすぎないという認識が社内に広まる要因にもなっている。

それに加えて、この戦略上の危機は、これ以上ないほど悪いタイミングで発生している。

私たちの生きている現代は、かつてないほど複雑さを増している。生成型AIの台頭によって、一夜にして産業構造の変革が進んでいる。気候変動とエネルギー転換は、世界的なビジネスモデルを根底から揺るがしている。かつては安定し予測可能であったサプライチェーンも、いまやリアルタイムで再構築されている。このような不安定な世界において、固定されたロードマップやトップダウンの実施計画といった従来的な意味での戦略は、もはや企業の指針というより負債に近いものに思える。

パラダイムシフトの時を迎えている。この新たな時代において、企業が生き残り、繁栄するためには、戦略を硬直的な実行計画として捉えることをやめ、真に必要なもの――すなわち、不確実性を乗り越えるための、柔軟に進化し続けるツール――として扱わなければならない。

生命を持つフレームワークとしての戦略

戦略の本質とは、自社の将来に関する最も重要な前提を明確に言語化することであり、そしてその前提を検証し、修正し、自社との整合を図るためのフレームワークであるべきだ。それに伴い、戦略を毎年1回実施する単発的な取り組みと捉えたり、大きな混乱への対応としてのみ捉えるような、時代遅れの考え方を改めることが必要となる。そうでなく、戦略は、経営幹部、業務部門、市場、そして顧客のあいだで継続的に行われる対話へと進化しなければならない。

このような戦略への新たな取り組み方法は、戦術レベルではすでに一般的となっている実践を戦略レベルに反映したものである。過去10年間、最前線のチームはアジャイル手法、顧客中心の事業設計、そして証拠に基づく反復的な仮説検証を現場に取り入れてきた。しかし、戦略レベルの取り組み方法は多くの企業において過去から固定されたままであり、複雑で急速に変化する今日の事業環境の現実を無視した、直線的かつトップダウンのモデルに依存し続けているのだ。

戦略レベルと戦術レベルとを同期させることは、論理的であるだけでなく、不可欠といえる。動的な戦略プロセスによって、業務の最前線から日々生まれる知見を活用し、それを戦略的優位性へと転換することが可能となる。そのための共通言語とフィードバックループを構築することで、企業は新たなデータや新たなトレンドに迅速に対応しつつ、長期的な目標に沿った行動をとることができるようになる。

幻想の終焉

戦略を詳細な実行計画として捉えることは安心感をもたらすが、それは幻想にすぎない。顧客との初回接触後に修正を要しないビジネスプランが存在しないのと同様、将来起こりうるすべての事態を予測できるロードマップも存在しない。企業に必要なのは、状況が変化しても自らの進むべき方向を見失わないための羅針盤、すなわち柔軟で耐久性のある思考法である。

だからといって、戦略に計画が不要というわけではない。むしろ、固定的で脆弱な計画を、環境に応じて進化する「生きた戦略」へと置き換える必要がある。すなわち、固定的な計画を、現場のチームと戦略策定を行う取締役会を結ぶ、強固なガバナンスを備えたフィードバックループへと転換するのだ。しかし、そのためには、リーダーがより良い意思決定を行えるようにするためのツールを整備し、リーダーがすべての答えを知っているからではなく、絶えず学び、調整し、リアルタイムで自社との整合を図り続けられるようにすることが求められる。

命令から共同作業へ

戦略が新たな役割を果たすためには、何よりも社内文化の変革が不可欠である。経営幹部は、戦略をトップから授けられる「聖典」のように扱うことをやめ、部門や組織階層の垣根を超えた協働を促進しつつ、戦略の策定と継続的な更新に取り組まなければならない。そのためには、透明性、謙虚さ、そして取締役会の外側から発せられる声に耳を傾ける姿勢が求められる。

戦略の新たな役割を、指揮統制のツールではなく自社の方向性を動的に調整する手段として捉えることで、組織はビジョンと戦略実行とのギャップを埋めることができる。そうすることで、戦略の機能を、社員のフラストレーションの源から、イノベーションと適応力を促す触媒へと転換することが可能となる。

かつてないほど変化が速い現代において、企業にはもはや戦略を固定的な文書として扱う余裕はない。戦略は、市場からの学びによって形作られ、社内の協働を基盤とし、状況に応じて継続的に修正可能な、生命を持ち呼吸するフレームワークでなければならない。そうして初めて、企業は市場の混乱を生き抜くだけでなく、競合他社をリードする存在となり得るのである。


いかがでしたでしょうか。弊社では、ダン・トマ氏が欧州企業向けに導入支援を進めているイノベーション・システムを日本企業にも普及させるべく活動しております。ご興味の方は是非お問い合わせください

次回のブログは「実験の連続として戦略を構築する("Building Strategy as a Series of Experiments")」という、戦略を一つの仮説とみなし、仮説検証プロセスで戦略を洗練させていくことについてのお話です。

WRITER

株式会社マキシマイズ代表取締役
渡邊 哲(わたなべ さとる)
株式会社マキシマイズ シニアパートナー
Japan Society of Norithern California日本事務所代表
早稲田大学 非常勤講師

東京大学工学部卒。米国Yale大学院修了。海外の有力ITやイノベーション手法の日本導入を専門とする。特に海外ベンチャー企業と日本の大手企業や団体との連携による新規事業創出に強みを持つ。三菱商事、シリコンバレーでのベンチャー投資業務等を経て現職。ビジネスモデル・ナビゲーター手法の啓蒙活動をはじめ、日本のイノベーションを促進するための各種事業を展開中。
「アントレプレナーの教科書」「ビジネスモデル・ナビゲーター」「イノベーションの攻略書」「DXナビゲーター」「イノベーション・アカウンティング」を共訳/監訳。

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