持続的成長のためのM&Aチェックリスト("The M&A Checklist for Sustainable Growth")

オープンイノベーション

みなさんこんにちは。マキシマイズの渡邊です。今回も書籍『イノベーションの攻略書(原題:The Corporate Startup)』、『イノベーション・アカウンティング(原題:The Innovation Accounting)』の著者であるダントマ氏のブログ記事をご紹介します。

今回は、「持続的成長のためのM&Aチェックリスト("The M&A Checklist for Sustainable Growth")」という、持続的成長を実現するために、M&Aを“数字合わせ”ではなく長期的な競争優位の強化手段として成功させるための実践的チェックリストについてのお話です。では本文をお楽しみください。

持続的成長のためのM&Aチェックリスト("The M&A Checklist for Sustainable Growth")

2025年7月21日
ダン・トマ氏
持続的成長のためのM&Aチェックリスト
(ダン・トマ氏が"OUTCOME社ウェブサイト"に掲載したブログ記事を、本人の許可を得て翻訳、掲載しています)

時代の変化の中で企業が成長を続け、存在意義を維持するための方策として、経営者には三つの選択肢がある。

当然ながら、三つの選択肢のうち一つだけを選ぶ企業は存在せず、実際には三つを組み合わせて取り組むことになるであろう。しかし、常に問われるのはリソース配分である。われわれはどこに最も注力すべきなのか。取締役会の判断によって、三つのうちいずれの選択肢にリソースを重点的に振り向けるのかが決まる。

第一の選択肢は、業務を効率化し、最終利益に直接的な影響を与えるテクノロジーに投資することで、既存のビジネスモデルを最適化することである。具体的には、コスト削減およびOPEX(運用費用)の最適化を目的としたCAPEX(設備投資)とOPEXへの支出である。言い換えれば、継続的改善およびデジタルトランスフォーメーションである。この選択肢は、緊急性が高く、成果も比較的予測可能で短期的に目に見える形で結果が現れやすいため、最も一般的に採用されている。しかしながら、これは売上高(トップライン)を伸ばすものでも、業種破壊(ディスラプション)から自社を守るものでも、新たな収益源を創出するものでもない。いわば「社内の衛生管理」としての選択肢にすぎない。銀行、通信、物流、航空といった一部の業界においては、このような選択肢は最終的にゼロサムゲームへと帰結する。

一方、その対極に位置する選択肢として、取締役会にはもう一つの道がある。それがイノベーション主導の成長である。適切に実行されれば、この選択肢は新たな収益源を創出し、売上高の成長を促進し、ディスラプションを未然に防ぐことにつながる。しかしながら、この選択肢はリスクが高く、リターンは長期的かつ予測困難である。そのうえ実施にはOPEXを多く要し、上振れの可能性も不確実であるため、最も魅力的な選択肢として扱われにくいことは理解に難くない。

しかし、企業成長を志向する際に取締役会が検討する第三の選択肢がある。それがM&Aである。確かに多くのリソースを要するが、適切に実行されれば、予測可能なリターンの獲得、新たな収益源の追加、さらにはディスラプションの回避といった効果が期待できる。もっとも、株式市場がその判断を支持するとは限らない。買収の発表直後に株価が急落することもあり得る。実際、バイエルがモンサントの買収を発表した際には、企業価値が180億ドルも失われる事態となった。

見てのとおり、M&Aという選択肢は決してリスクのないものではなく、成長をもたらす万能策でもない。実際、データによれば、M&A案件の70~75%は期待どおりの成果を上げられていないとされる。しかしながら、M&Aの成功確率を高めるためには、少なくとも次に挙げる基本的なチェックリストを十分に意識することが望ましいだろう。

1. 中核投資テーマとの戦略的適合性を検証する

あらゆる買収は、自社の既存の戦略的方向性を強化するものでなければならない。買収対象が、自社の投資テーマ、中核市場、あるいは将来の成長ベクトルと整合しているかを慎重に評価すべきである。取引の背後にある論理、とりわけシナジーに関する前提を徹底的に精査することが重要である。統合のシナリオが過度に楽観的であったり、現実から乖離しているように感じられる場合には、遠慮なく疑問を投げかけるべきである。率直に問わなければならない。この取引は自社の競争優位を真に強化するものなのか。それとも、単に成長しているかのような錯覚を生み出すにすぎないのか。

2. M&Aを数字を膨らませるためではなく、競争戦略を加速させる手段として活用する

M&Aは、売上や利益を見かけ上拡大するための手段ではなく、既存の競争優位を加速・深化させるための戦略的ツールとして位置づけるべきである。財務的なテクニックよりも、常に戦略的整合性が優先されなければならない。スプレッドシート上では魅力的に映ったとしても、自社の長期的なポジショニングを強化する明確な道筋が示されていない取引は避けるべきである。中核戦略との明確な結びつきを欠いた場当たり的な買収は、時間の経過とともに期待を下回る成果に終わる傾向がある。

3. 自社の焦点を分散させ、顧客離れを招く複雑さを避ける

過度に複雑な製品ポートフォリオや肥大化した組織構造を有する企業の買収は慎重に避けるべきである。こうした取引は、多くの場合、長期かつ高コストの統合作業を伴い、顧客を混乱させるとともに、自社チームの注意とエネルギーを本来注力すべき領域から逸らしてしまう。買収が顧客体験にどのような影響を及ぼすのかを必ず評価する必要がある。それは自社の能力やサービス水準を高めるものなのか、それとも顧客離れのリスクを高めるものなのかを見極めなければならない。さらに、買収対象企業のESGプロファイルおよびブランド評価についても十分に精査すべきである。買収とは、良くも悪くも、その企業の過去と評判を引き継ぐ行為にほかならない。

4. 同規模企業の買収は避ける ― 権力闘争を招かないために

自社と同規模の企業を買収すると、しばしば権力闘争が生じ、事業の勢いが停滞し、価値創造が遅れる結果となる。統合作業は、リーダーシップ、企業文化、そして経営権をめぐる政治的対立へと発展しやすい。これを回避するためには、合併後90日以内に、統合後のリーダーシップ体制を明確に定義しておくことが不可欠である。明確さを欠けば、組織は戦略的な意思決定が滞る麻痺状態に陥る危険がある。

5. 統合初日から企業文化の整合を最優先事項とする

企業文化の衝突は、M&Aが失敗に終わる最も一般的かつ高コストな要因の一つである。デューデリジェンスの段階で文化診断を実施し、その結果をM&Aの計画に組み込むべきである。また、実質的な意思決定権限を持つ専任の企業文化統合責任者を任命することも検討に値する。人々の働き方や意思決定のプロセスについて十分な整合が図られていなければ、いかに綿密な財務計画やオペレーション計画を策定したとしても、その取引を成功に導くことはできないのである。

6. 統合計画は取引成立後ではなく、早期に策定する

統合計画は、契約が正式に締結された後ではなく、デューデリジェンスの段階から着手すべきである。明確なマイルストーンとタイムラインを設定し、統合初日、90日後、そしてその先において何をもって成功とするのかを、双方が具体的に共有できるようにしておかなければならない。実行に向けたロードマップを欠いた取引は、戦略と呼ぶには値せず、名目上の構想にとどまるにすぎない。

7. 測定可能なシナジー目標を設定し、責任をもって遂行する

コストシナジーおよび売上拡大の双方について、具体的かつ定量的に測定可能な目標を明確に定義すべきである。これらが単なるお題目にとどまってはならない。明確なタイムライン、KPI、そして目標未達の場合の具体的な帰結を伴い、責任を負うリーダーが主体的に担う体制を構築しなければならない。実行における規律こそが、高い成果を生む取引と企業価値を毀損する取引とを分ける決定的な要因である。

8. 重要人材を失う前に確保する

買収後において、人材は最も脆弱な資産である。価値の源泉となる重要な個人を早期に特定し、適切なリテンション戦略を講じなければならない。とりわけ、知的財産、顧客関係、あるいは組織に蓄積された暗黙知が競争力を左右する事業においては、その重要性はいっそう高い。役割、キャリアパス、そして将来の方向性について明確に伝えることが不可欠である。曖昧さは不安を生み、やがて人材流出へとつながる。

9. IT統合の複雑性と技術的負債を評価する

テクノロジーの統合は、M&Aにおける典型的な障害の一つである。デューデリジェンスの段階で、システムの互換性および拡張性を十分に評価しなければならない。インフラの不整合や旧来型のレガシーシステムは、統合作業を遅延させるだけでなく、OPEXを押し上げる要因となる。明確なモダナイゼーションの道筋が示されていない限り、自社のイノベーション速度を低下させるような技術的負債を安易に引き受けるべきではない。

10. 買収後のブランド体系を明確に定義する

ブランド戦略は、財務戦略と同等に重要である。買収先企業を自社の旗艦ブランドに統合するのか、独立ブランドとして運営するのか、あるいは親会社の名を冠した形で展開するのかを明確に決定しなければならない。この点が曖昧なままであれば、メッセージの一貫性が損なわれ、顧客の不信を招き、さらには社内の方向性の不一致へとつながる。

11. 規制および独占禁止法上のリスクを事前に織り込む

規制上の障害は、いかに戦略的合理性の高い取引であっても頓挫させかねない。医療、金融、通信といった規制産業においては、想定される課題を早期に見極めておくことが不可欠である。徹底したリスク評価を行い、審査の遅延や条件付き承認といった可能性も含めて計画に織り込まなければならない。規制当局からの承認取得に要する時間とコストを過小評価すべきではない。

M&Aの意思決定が十分に精査され、戦略的に妥当なものとなるよう、「Go/No-Go」の規律を導入することを検討すべきである。CFO、リスク管理責任者、取締役など、あえて批判的視点を持つ社内メンバーを含むディール審査委員会を設置し、前提条件に疑義を呈し、取引の妥当性を厳格に検証する権限を付与しなければならない。委員会の初回会合では、「プレモーテム(事前検証)分析」を実施すべきである。すなわち、「もしこの取引が失敗に終わるとすれば、その原因は何か」という問いをあらかじめ投げかけるのである。このようにリスクを先取りする検討は、潜在的な盲点を洗い出し、プロセスの早期段階でリスクを低減するうえで極めて有効である。

持続可能で収益性の高い成長は、市場に対して卓越した価値を提供し続ける能力に基づくものである。業務の最適化、イノベーション、あるいはM&Aといったいかなる手段を用いるにせよ、目指すべきは短期的な指標を追い求めることではない。自社の競争優位を強化し、さらに拡張していくことである。

最終的に、これら三つのレバーの最適な組み合わせは、業界特性、市場環境、さらには企業のライフサイクルの段階によって異なる。しかし、戦略的な命題は不変である。すなわち、持続的な企業価値を創出するために、取締役会はいかに資本と経営資源を配分し、どこに重点を置くべきかという本質的な意思決定である。

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いかがでしたでしょうか。弊社では、ダン・トマ氏が欧州企業向けに導入支援を進めているイノベーション・システムを日本企業にも普及させるべく活動しております。ご興味の方は是非お問い合わせください

次回のブログは「年次予算制度のもとで段階的資金配分を機能させる方法(“Making Metered Funding Work in a World of Annual Budgets”)」という、大企業におけるイノベーション資金の配分と予算制度の整合性の取り方についてのお話です。

WRITER

株式会社マキシマイズ代表取締役
渡邊 哲(わたなべ さとる)
株式会社マキシマイズ シニアパートナー
Japan Society of Norithern California日本事務所代表
早稲田大学 非常勤講師

東京大学工学部卒。米国Yale大学院修了。海外の有力ITやイノベーション手法の日本導入を専門とする。特に海外ベンチャー企業と日本の大手企業や団体との連携による新規事業創出に強みを持つ。三菱商事、シリコンバレーでのベンチャー投資業務等を経て現職。ビジネスモデル・ナビゲーター手法の啓蒙活動をはじめ、日本のイノベーションを促進するための各種事業を展開中。
「アントレプレナーの教科書」「ビジネスモデル・ナビゲーター」「イノベーションの攻略書」「DXナビゲーター」「イノベーション・アカウンティング」を共訳/監訳。

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