実験の連続として戦略を構築する("Building Strategy as a Series of Experiments")

オープンイノベーション

みなさんこんにちは。マキシマイズの渡邊です。今回も書籍『イノベーションの攻略書(原題:The Corporate Startup)』、『イノベーション・アカウンティング(原題:The Innovation Accounting)』の著者であるダントマ氏のブログ記事をご紹介します。

今回は、「実験の連続として戦略を構築する("Building Strategy as a Series of Experiments")」という、戦略を一つの仮説とみなし、仮説検証プロセスで戦略を洗練させていくことについてのお話です。この考え方は、最近日本で注目を浴びつつあるエフェクチュエーションにおける「許容可能な損失の原則」に通じる行動パターンだといえます。では本文をお楽しみください。

実験の連続として戦略を構築する("Building Strategy as a Series of Experiments")

2025年6月9日
ダン・トマ氏
実験の連続として戦略を構築する
(ダン・トマ氏が"OUTCOME社ウェブサイト"に掲載したブログ記事を、本人の許可を得て翻訳、掲載しています)

従来型の戦略計画は、大胆なビジョン、詳細なロードマップ、そして未来がどのように展開するかを予測するトレンド分析への確固たる信念から出発することが多い。こうした長期的なビジネス戦略は、世の中の確実性が高いことを前提として、自社の経営に方向性とコントロールを与えることを目的としている。

しかし、変化の激しい市場においては、硬直した戦略はたちまち時代遅れとなる。さらに悪いことに、それらは本来の目的であった成長そのものを阻害してしまうことすらある。

顧客の嗜好は変化し、競争環境も移り変わり、計画段階で想定していた前提があっという間に崩れることもある。だからこそ、先を見据えて行動する企業は、大きな賭けや硬直した事業計画を事業運営の軸とするのではなく、事業運営を継続的な実験と捉え、必要に応じて随時方向性を見直す、より柔軟な戦略アプローチを採用しているのである。

これらの企業は、一度定めた総合計画に固執するのではなく、戦略を一連の実験として位置づけている。このアプローチにより、より迅速な学習と適応が可能となり、ビジョンのみに依存するのではなく、事実情報に基づいた、より的確な意思決定が行えるようになる。

戦略計画から戦略的実験への転換

従来の「ビジネス戦略」は、何が機能するかをあらかじめ予測できるという前提に立っている。一方、「実験的な戦略」は、その逆の前提から出発する。すなわち、現時点では何が機能するのか分からなくても構わないと捉え、重要なのは、企業が進むべき大まかな方向性について、迅速に学習できることであると考える。

このようなアプローチの転換は、「現代の戦略、特にイノベーション戦略」の中核を成すものである。企業が目指す全体的な戦略的方向性――新市場への参入、製品の投入、価格モデルの変更など――と結びついた新たなアイデアは、仮説として扱われる。チームは、これらのアイデアとその背後にある最も重要な前提を検証し、データを収集するとともに、実際の市場から得られるフィードバックに基づいて、戦略的方向性を見定めていくのである。

これは、より広範な戦略フレームワークの中で、一連の小さな実験を重ねていくことにたとえられる。各実験は、不確実性を低減し、前提を検証(あるいは反証)するとともに、より適切な意思決定へと導く。すなわちこれは、単なる宣言によって定められる戦略ではなく、発見を通じて形成される戦略であると言える。

実例:アマゾンに根付く実験的DNA

このアプローチの最も顕著な例の一つが、「戦略的成長」のプロセスそのものに実験を深く組み込んできたアマゾンである。

プライム・ビデオの新機能のテスト、Amazon Goストアを通じた食料品小売市場への戦略的参入の試験運用、商品レコメンデーションエンジンの改良など、アマゾンは常に自社のコントロール下で実験を重ねている。これらの取り組みは、全面的な投資を伴う大規模なローンチとして一気に展開されるものではない。多くの場合、アマゾンが「2枚のピザチーム」と呼ぶ、自律性を持ち、独立してイノベーションと検証を行う小規模なチーム内で始められる。そして、実験の結果が良好であると判断された場合にのみ、同社はその戦略に対して本格的に注力するのである。

このモデルにより、アマゾンは中核事業を危険にさらすことなく、戦略的なアクションにつながり得る数百ものアイデアを同時に試すことが可能となっている。中には、迅速かつ低コストで失敗に終わるものもある。一方で、支持を集めながら洗練されていくアイデアもあり、そうした場合には、同社はその背後にある戦略的狙いに対して、注力度をさらに高めていくのである。

その代表例がAWSである。AWSは、当初はOPEX(運用コスト)最適化のための取り組みとして始まり、その後、同社が大規模に「クラウドストレージ分野」で競争できるかを見極める目的で、小規模な「橋頭保」となるユーザー層に向けて展開された。現在では、AWSはアマゾンの売上高のおよそ20%を占めるまでに成長している。

参入当時のアマゾンにとって、「クラウドストレージ分野」への参入は、数多くの小規模な実験に裏打ちされた大規模な戦略的取り組みであった。これは、実験的なマインドセットを戦略的意図と結びつけることで、リスクを抑制しつつ、継続的な事業の成長を実現できることを明確に示す好例である。

実験的戦略が機能する理由

実験を通じて戦略を構築するということは、長期的な思考を放棄することを意味するものではない。むしろ、より賢く、より迅速な学習サイクルを通じて、長期的な目標に到達することを意味している。このアプローチには、いくつかの重要な利点がある。

  • 少額投資によるリスク軽減:実績のない取り組みに大きく賭けるのではなく、小規模かつ可逆的な投資を行うことで、下振れリスクを限定する。その結果、失敗を破滅的な結果としてではなく、学習につながる有益な情報として活用できるようになる。
  • 不確実な環境への適応性:市場の変化に応じて、戦略も柔軟に進化させることができる。硬直した計画に縛られることなく、得られた学びに基づいて継続的に調整していくことが可能となる。
  • 好奇心とエビデンスの文化:チームは「もし~だったら?」と自問自答し、データに基づいて意思決定を裏付けることに抵抗がなくなります。この文化的な変化は、長期的な戦略的イノベーションを支えます。
  • 好奇心とエビデンスの文):現場の社員が「もし〜だったら」という問いを立てながら仕事をすることに慣れ、意思決定をデータで裏付ける姿勢を自然に身につけていく。このような文化的転換が、長期的な戦略的イノベーションの下支えとなる。
  • イノベーションと戦略の連動:このアプローチは、戦略とイノベーションの結びつきを強化する。昨今の企業経営において、この両者の連動はかつてないほど弱まっており、両機能が強く整合していると回答した企業は全体のわずか12%にとどまっている。このような乖離こそが、多くの企業におけるイノベーション部門の衰退を招く主要因の一つとなっている。

実験的アプローチを戦略にどう適用するか

実験的なアプローチを「戦略」に取り入れるということは、既存のプロセスを捨て去ることを意味するものではない。むしろ、これまで行ってきた取り組みを適応させ、改善していくことを意味している。以下では、その進め方を示す。

1.戦略的な方向性を検証可能な仮説に分解する

新しい戦略がうまく機能すると安易に決めつけてはならない。戦略が成功するために何が成り立つ必要があるのかを明確にすることが重要である。それらをイノベーション投資方針の形式で書き出し、そのうえで次の検証プロセスへと進めていく。

2. 最小限の実行可能な実験を実行する

イノベーション投資方針に含まれる各項目を起点として、新事業担当チームやベンチャーへの投資という形で検証テストを設計する。あわせて、チームにはデザイン思考やリーンスタートアップといったプロトタイピング手法・方法論の活用を促す。ここでの目的は、個々のアイデアの根底にある前提、ひいては戦略そのものを支える前提について、事実情報を迅速に獲得・学習することである。完璧に作り込まれた事業を立ち上げること自体が目的ではなく、結果的に事業が実現したとしても、それは副次的な成果にすぎない。

3.ガバナンスのプロセスを通じてフィードバックループを構築する

投資先に対しては、定期的な進捗確認を実施することが重要である。四半期末や重要な意思決定の局面、新たな資金要請のタイミングまで待つ必要はない。進捗を把握し記録するために、一定の頻度で打合せを設定し、継続的なモニタリングを行うべきである。こうした定常的な情報アップデートは、全体戦略の方向づけに役立つ、現場で実証された事実情報の獲得と学びをもたらす。毎回の打合せで大きな進展が得られるとは限らないが、定期的な対話を維持すること自体が、実験から得られた事実情報に基づいて戦略を形成していくという文化を組織内に定着させるのである。

得られた事実情報とあわせて、そのために投入した投資額や費やした労力についても記録しておくことが重要である。これらの情報は、その戦略的方向性において、より大きな打ち手を検討・計画する際に価値をもたらす。記録されたデータは、その方向性に対してさらに注力する判断を下す場合の前提となる根拠として活用できるためである。

4. 戦略を更新する

戦略およびイノベーション投資方針を見直し、洗練させるための会議を、経営層を含むリーダーシップチーム全体とどの程度の頻度で行うかをあらかじめ定めておくことが重要である。必ずしも毎回大きな進展があるとは限らないが、こうした場を一定のリズムで継続することで、個人の主観的な意見ではなく、実験から得られた知見に基づいて戦略を更新していくという文化が、リーダーシップ層に定着していくのである。

適切な頻度は、イノベーションチームの学習速度と、市場の変化のペースによって左右される。例えば、市場変化のスピードが比較的緩やかな製薬会社は、リテールバンキングを手がける企業と比べて、会議の頻度を低く設定する場合が多い。

硬直的な戦略から変化に即応可能なイノベーションへ

戦略」の未来の姿は、単一の道筋に固執することではない。それは、継続的に適応し、学習し、革新していくための能力を構築することにある。硬直的な中長期計画から、「一連の実験としての戦略」へと発想を転換することで、企業は不確実な環境においても持続的に成長・発展していくための態勢を整えることができる。

このアプローチは、デジタルネイティブなネット企業や巨大テック企業に限ったものではない。小売、製造、金融サービス、さらには非営利団体に至るまで、さまざまな組織が実験を通じて、より賢明で逆境に強い戦略を構築している。

唯一変わらないのは「変化し続けることだけ」という世界において、最も戦略的な行動とは、最初から正解であろうとすることをやめ、誰よりも速く学ぶことにコミットし続けることなのかもしれない。

Outcome社のポートフォリオ管理プラットフォームであるSATORIは、企業がイノベーション・ポートフォリオと戦略意図の整合性をリアルタイムで把握することを可能にします。また、どのプロジェクトや戦略分野が市場において最も強い反応を得ているのかを可視化し、企業が真に重要な領域に経営資源を集中できるよう支援します。SATORIは、企業が戦略を一連の実験として運用することを可能にするプラットフォームです。


いかがでしたでしょうか。弊社では、ダン・トマ氏が欧州企業向けに導入支援を進めているイノベーション・システムを日本企業にも普及させるべく活動しております。ご興味の方は是非お問い合わせください

次回のブログは「危機からの脱却:ガーミンからの5つの戦略教訓("Growing out of a crisis: five strategy lessons from Garmin")」という、破壊的変化の中でガーミン社が専門特化により復活した戦略的教訓についてのお話です。

WRITER

株式会社マキシマイズ代表取締役
渡邊 哲(わたなべ さとる)
株式会社マキシマイズ シニアパートナー
Japan Society of Norithern California日本事務所代表
早稲田大学 非常勤講師

東京大学工学部卒。米国Yale大学院修了。海外の有力ITやイノベーション手法の日本導入を専門とする。特に海外ベンチャー企業と日本の大手企業や団体との連携による新規事業創出に強みを持つ。三菱商事、シリコンバレーでのベンチャー投資業務等を経て現職。ビジネスモデル・ナビゲーター手法の啓蒙活動をはじめ、日本のイノベーションを促進するための各種事業を展開中。
「アントレプレナーの教科書」「ビジネスモデル・ナビゲーター」「イノベーションの攻略書」「DXナビゲーター」「イノベーション・アカウンティング」を共訳/監訳。

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