危機からの脱却:ガーミンの事例から学ぶ5つの戦略教訓("Growing out of a crisis: five strategy lessons from Garmin")
みなさんこんにちは。マキシマイズの渡邊です。今回も書籍『イノベーションの攻略書(原題:The Corporate Startup)』、『イノベーション・アカウンティング(原題:The Innovation Accounting)』の著者であるダントマ氏のブログ記事をご紹介します。
今回は、「危機からの脱却:ガーミンの事例から学ぶ5つの戦略教訓("Growing out of a crisis: five strategy lessons from Garmin")」という、破壊的変化の中でガーミン社が専門特化により復活した戦略的教訓についてのお話です。では本文をお楽しみください。
危機からの脱却:ガーミンの事例から学ぶ5つの戦略教訓("Growing out of a crisis: five strategy lessons from Garmin")
2025年6月13日
ダン・トマ氏
危機からの脱却:ガーミンの事例から学ぶ5つの戦略教訓
(ダン・トマ氏が"OUTCOME社ウェブサイト"に掲載したブログ記事を、本人の許可を得て翻訳、掲載しています)

2000年代初頭、ガーミンは誰もが知るブランドであった。洗練されたデザインのGPSデバイスは車の運転手にとって不可欠なツールであり、同社の売上の約70%を占めていた。しかしその後わずか数年のうちに、GPS機能を内蔵したスマートフォンが普及し、特に2008年のiPhone 3Gの登場以降、カーナビ専用デバイスは時代遅れと見なされるようになった。かつて時価総額200億ドル超を誇ったガーミンの株価は、約12か月の間に80%近く下落した。業界アナリストの多くは、同社をやがて絶滅する運命にある恐竜企業だと断じた。
しかし時間を早回しした2024年現在を見てみると、ガーミンは単に生き残っただけでなく、むしろ大きく成長を遂げている。同社は過去最高となる63億ドルの売上高を記録し、そのうちフィットネス事業とアウトドア事業が37億ドル超を占め、売上全体の約60%に達している。では、テクノロジーによる破壊的変化によって淘汰されると思われていた同社は、いったいどのようにしてかつてないほどの力強い復活を果たしたのだろうか。
2008年の黄金期に話を戻すと、ガーミンは1,690万台のパーソナルナビゲーションデバイスを出荷し、世界のパーソナルナビゲーションデバイス市場の36%を支配していた。同年だけで35億ドルの売上高を計上し、そのうち70%は車載GPS機器によるものであった。
しかし、GPS機能付きカーナビ事業に依存するのには、これ以上ないほど最悪のタイミングだった。同年、アップルはiPhone 3Gを発売開始し、そこにはグーグルマップとGPS機能が標準搭載されていたからだ。その後まもなくアンドロイドOSベースのスマートフォンも市場に登場した。そのため消費者は、GPS機能付きのカーナビ専用機に何百ドルも支払う必要がなくなった。カーナビ機能は、スマホ利用者のポケットの中に搭載済みとなってしまったのだ。
ガーミンの取締役会の最初の対応は、既存企業に典型的なものだった(Why Leadership Teams Fail to Drive Innovation: The Cultural Challenge Why Leadership Teams Fail to Drive Innovation: The Cultural Challenge)。すなわち、この破壊的変化に対し真正面から競争する道を選んだのである。こうして2009年、同社はASUS社との提携によるオープンイノベーションで開発したスマートフォン「nüvifone」を発売開始した。しかしこのスマホ端末は、性能面で見劣りし、価格も割高で、さらに投入時期も遅すぎた。結果は言うまでもなく、失敗に終わった。それでもガーミンは、その後少なくとも2年間にわたり、「nüvifone」の改良版を提供し、アップルやアンドロイドと真っ向から競争する戦略を取り続けたのである。
しかし、もはや趨勢は明らかであった。ガーミンの稼ぎ頭であった車載GPS機器市場は急速に縮小し、破壊的変化への対処法として今日でも多くのコンサルタントに賞賛されている「ファストフォロワー」戦略も、期待された成果を上げていなかった。
同社は重大な岐路に立たされていた。このまま存在感を失い衰退していくのか、それともまったく新たな方向性を見出すのか、選択を迫られていたのである。
「nüvifone」失敗のストーリーが露呈していく一方で、水面下では一部の従業員による小さなサイドプロジェクトが進行していた。ガーミンはすでに2003年、初のウェアラブルGPSデバイスである「Forerunner 101」を販売開始していた。しかし発売当時の同製品は大型で用途も限定的であり、メインストリームの市場からはほとんど注目されなかった。その結果、同シリーズ全体の売上高は4億ドル未満にとどまっていた。
しかし、ランナーやサイクリスト、アウトドアアスリートが自身のパフォーマンスをデジタルで記録・可視化し始めた昨今の世の中においては、この取り組みは大きな可能性を秘めていたのである。
ガーミンは、iPhoneの登場とnüvifoneの失敗から数年の間に、研究開発体制を大幅に強化し、R&Dチームをほぼ倍増させた。その結果、エンジニアリング部門は全従業員の30%超を占めるまでに拡大した。同社はその後、FenixシリーズやForerunnerシリーズといった、頑丈で高度なデータ取得能力を持つ新デバイスを次々と投入した。これらの製品では、歩数や心拍数にとどまらず、乳酸閾値、最大酸素摂取量(VO₂max)、トレーニング負荷、上下動といった高度な指標の計測が可能だ。そして、これらの製品群すべては、初代のウェアラブルGPSデバイスである「Forerunner 101」から派生したものだ。
2015年にAppleWatchが販売開始された時点で、ガーミンはすでに準備を整えていた。それは技術開発や製品面に限らず、iPhoneによってもたらされた初期の破壊的変化の波から得た教訓という点においても同様であった。そのためガーミンは、マスマーケット向けのスマートウォッチ市場においてアップルやサムスンと正面から競争するのではなく、「ニッチ特化」に賭ける戦略を選択したのである。同社はFenixシリーズを起点に、一般消費者ではなくアスリートのために、可能な限り最高のツールをつくることを決断した。その転換は明確であった。ガーミンは、すべての人にとって「そこそこ」の製品を目指すのではなく、特定の誰かにとって「完璧」な製品を提供する道を選んだのである。
ガーミンは、ウェアラブルデバイスの領域にとどまらず、さらなるイノベーションを推し進めた。同社のアウトドア部門およびマリン部門は、ハイキング専用の高度なGPSデバイス、衛星通信機器、ソーラー駆動の腕時計、魚群探知機に加え、ボートや航空機向けの計器盤に組み込むインダッシュ型のナビゲーションシステムまでを開発したのだ。
2024年までに、アスリートおよびアウトドア愛好家というニッチ領域に焦点を絞るというガーミンの決断は、明確な成果として表れた。
- フィットネス事業の売上高は17億7,000万ドルに達し、前年同期比32%増となった。
- アウトドア事業の売上高は19億6,000万ドルに達し、前年同期比16%増となった。
- 販売数量ベースでの市場シェアは小さいものの、売上高ベースでは、ガーミンは世界のスマートウォッチ市場の約11%を占めるに至っている。
- 同社は500ドル以上のプレミアム・スマートウォッチ・セグメントで他社を圧倒しており、売上高ではアップルおよびサムスンに次ぐ第3位のスマートウォッチメーカーとなっている。
- 同社の粗利率は58.7%に達し、営業利益は前年比46%増の15億9,000万ドルへと大きく伸長した。
投資家もこの変化に注目している。ガーミンの株価は過去1年間でほぼ2倍に上昇し、テクノロジー企業および家電メーカーの両分野において、同業他社を上回るパフォーマンスを示している。
ガーミンの復活劇は、我々に勇気を与えてくれるだけでなく、明確な示唆を与えるものである。業界のリーダーを目指すあらゆる組織、とりわけ破壊的変化に直面する既存企業にとって、ガーミンがいかにして戦略的転換を実行し、新たな成長曲線を構築したのかは、学ぶべき点が多い。本稿では、その過程から導き出される5つの戦略的教訓を提示する。
1.既存企業は、業界の破壊者と正面から戦ってはならない
ガーミンは、「ファストフォロワー」戦略を追求したり、「安価版のApple Watch」として価格競争に軸足を置く戦略を取ったりするのではなく、ランナーやアウトドア愛好家といった、これまで十分に満たされてこなかったニッチ市場に戦略の焦点を定めた。
戦略的な「選択と集中」によって、ガーミンは汎用型の競合他社をはるかに上回る機能性の追求、高いパフォーマンス、そして高度なカスタマイズ性の提供が可能となった。同時に、経営資源を分散させることなく、より重要な領域に集中投入できる体制を整えることにもつながったのである。
2.次のSカーブに到達するまで、既存製品の優先順位を意図的に下げる
GPSデバイスはそれまでのガーミンの成長を支え、同社の基盤を築いた製品であった。しかし同社は、新たな戦略を推し進める過程において、それら既存の成功製品に過度に依存することを意図的にやめるという「戦略的な自制」を習得する必要があったのである。
この戦略的な謙虚さこそが、同社を、より高い長期的成長ポテンシャルを備えた新たなSカーブへと移行させる原動力となったのである。
新たな戦略が成果を上げ始めると、同社はその戦略的転換から得た教訓を踏まえつつ、改めて既存の市場セグメントへの取り組みを再開したのである。
3.イノベーションへの投資と集中を徹底する
衰退局面にある多くの上場企業が、OPEX(事業運営コスト)の削減やイノベーションを含むコストセンターの精査及び削減に衝動的に走りがちな中で、ガーミンは正反対の道を選択した。すなわち、コスト削減ではなく、イノベーションへの投資を一層強化する戦略に踏み切ったのである。
ガーミンは、投資を抑制するのではなく、研究開発投資を大幅に拡大し、初のウェアラブルデバイスであるForerunner 101を開発したチームを自社の中核に据えた。それと同時に同社は、短期的な財務インパクトは限定的であったものの、実験的な取り組みとして高い価値を持つ一部の製品ラインをあえて維持した。これらの「サンドボックス・プロジェクト」によって、新技術の検証、顧客行動のより深い理解、そしてより洗練された製品・戦略アプローチが可能となり、最終的にはガーミンの新たな進むべき方向性を形づくるうえで重要な役割を果たした。
この取り組みは、本格的なアスリートやアウトドア愛好家向けの頑丈で専門的なデバイスの開発につながっただけでなく、大胆な戦略的方向性を構想し、それを実行に移すために必要な能力をガーミンにもたらした。事業の縮小よりもイノベーションを優先した結果、ガーミンは破壊的変化を単に生き延びただけではなく、それを自らを再創造する能力を習得するための跳躍台として活用したのである。
4. 戦略を実行ロードマップでなく試行錯誤のための実験の実施方針として扱う
ガーミンは、戦略を硬直的なロードマップとして扱い、脱出計画を立てて危機を脱しようとするのではなく、研究開発およびイノベーションの能力を、危機から抜け出す道を見つけ出すための「羅針盤」として活用し、実験を重ねることで前進する道を選んだのである。この時期の同社にとって、イノベーションは単なる新製品投入の手段ではなく、組織的な学習を進めるための中核的な装置となった。ForerunnerやFenixといった初期のウェアラブルデバイスは、顧客の行動を実地で把握し、新興技術の事業としての実現可能性を検証し、活動的なライフスタイルや競技パフォーマンスといった市場領域におけるプロダクト・マーケット・フィットを磨き込むための、現実世界の試験場として機能したのである。
この反復的なアプローチによって、ガーミンは戦略的転換に伴うリスクを段階的に低減することができた。フィットネスおよびアウトドア向けウェアラブル市場へ本格的にコミットする段階に至るまでに、同社はすでに十分な洞察と市場検証による事実情報を蓄積しており、自信を持って次の一手を打てる状態にあった。要するに、ガーミンは新たな成長曲線へと盲目的に飛び込んだのではなく、試作と検証を重ねながら、そこへ至る道筋を自ら構築していったのである。
5. 弱点ではなく、自社の強みに徹底的に焦点を当てる
ガーミンは、これまでのノウハウを放棄したわけではない。GPSに関する専門性を、依然として高精度なナビゲーションが不可欠とされる特定用途市場へと戦略的に振り向けたのである。
同社の中核技術は、航空、船舶、サイクリング、そしてウェアラブル機器といった分野における成長を支える基盤となった。フライトデッキから自転車専用のサイクルコンピューター、さらには頑丈なスマートウォッチに至るまで、ガーミンは自社の強みを、他社に追随するためでなく、主導権を握れる高付加価値のニッチ市場へと展開していったのである。
ガーミンの物語は、企業が破壊的変化そのものによって滅びるのではなく、それを直視しない「否認」によって滅びるのだという事実を、力強く示している。スマートフォンが市場構造を一変させたとき、ガーミンは衰退しつつある製品に固執することも、アップルを模倣することもしなかった。同社は自らの内側に目を向け、自社ならではの強みを見極めたうえで、「自社の強みを本当に必要としているのは誰か」と問い直したのである。そして、その顧客のために、徹底的に価値ある製品をつくり上げたのである。
その結果、一時は廃業寸前とまで言われたテクノロジー企業が、いまやウェアラブルやアウトドア向けテクノロジーの分野で、最も高く評価され、高い収益性と安定性を兼ね備えたブランドの一つへと生まれ変わったのである。
大衆受けが重視されがちな現代において、ガーミンは「専門特化」が持つ力を明確に証明したのである。
参考文献:
https://www.cnbc.com/2020/10/06/how-garmin-survived-the-iphone-and-started-growing-again.html
https://techsoda.substack.com/p/from-recovery-to-reinvention-jay
https://www.garmin.com/en-US/newsroom/
https://www.youtube.com/watch?v=EpXhY085yfQ
https://pbeckman.substack.com/p/garmins-40b-pivot
https://www.garmin.com/en-US/p/231/
いかがでしたでしょうか。弊社では、ダン・トマ氏が欧州企業向けに導入支援を進めているイノベーション・システムを日本企業にも普及させるべく活動しております。ご興味の方は是非お問い合わせください
次回のブログは「最小限で実行可能なイノベーション会計システム("The Minimum Viable Innovation Accounting System")」という、イノベーションを測定・管理するため、最小限の指標で投資判断と学習文化を高める実践的枠組みについてのお話です。
WRITER

- 渡邊 哲(わたなべ さとる)
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株式会社マキシマイズ シニアパートナー
Japan Society of Norithern California日本事務所代表
早稲田大学 非常勤講師
東京大学工学部卒。米国Yale大学院修了。海外の有力ITやイノベーション手法の日本導入を専門とする。特に海外ベンチャー企業と日本の大手企業や団体との連携による新規事業創出に強みを持つ。三菱商事、シリコンバレーでのベンチャー投資業務等を経て現職。ビジネスモデル・ナビゲーター手法の啓蒙活動をはじめ、日本のイノベーションを促進するための各種事業を展開中。
「アントレプレナーの教科書」「ビジネスモデル・ナビゲーター」「イノベーションの攻略書」「DXナビゲーター」「イノベーション・アカウンティング」を共訳/監訳。



