55種類のビジネスモデル・パターンカードでビジネスモデル・イノベーションを理解する(“Understanding business models through BMI patterns”)
みなさんこんにちは。マキシマイズの渡邊です。今回も、既存事業を持つ大企業がシリコンバレーのスタートアップに負けない画期的な新規事業を創造するために、インダストリー4.0の一環としてスイスで開発された手法である『ビジネスモデル・ナビゲーター』開発元BMI Lab社のブログを皆さんにご紹介します(※BMIとはBusiness Model Innovation:ビジネスモデル・イノベーションの略です)。
今回のブログは「55種類のビジネスモデル・パターンカードでビジネスモデル・イノベーションを理解する("Understanding business models through BMI patterns")」についてのお話しです。世の中のすべてのビジネスモデルを55種類に類型化したパターンカードをもとに新たなビジネスアイデアを創造するアイデア創造法は、ビジネスモデル・ナビゲーター手法の大きな特徴の一つです。今回はビジネスモデルの4軸といくつかのパターンカードの例をご紹介します。では本文をお楽しみください。
2017年10月12日
55種類のビジネスモデル・パターンカードでビジネスモデル・イノベーションを理解する(BMI Lab社ウェブサイト)のブログ記事を、同社の許可を得て翻訳、掲載しています)
ビジネスモデル・イノベーションのプロセスを開始するための最初のステップは、ビジネスがどのように機能するのかを理解することである。適切なビジネスモデルとは何か、その基本がわからないなら、事業の仕組みを変えることは、仮に不可能でないとしても、非常に困難になるだろう。適切なビジネスモデルを理解するためには、重要なポイントに集中し、認知バイアスや誤解を避けるのに役立つツールが必要である。このブログ記事では、BMI Labのビジネスモデル・イノベーション手法の一端を紹介したい。ビジネスモデルの定義方法を解説するとともに、成功企業で使用されているビジネスモデル・パターンの例をいくつか紹介したい。
ビジネスモデルの定義
ビジネスモデルを定義するためには、それを構成する基本要素を扱うフレームワークが必要だ。BMI Labでは、考慮すべき4つの基本要素(誰が?、何を?、どのように?、なぜ?)を表現する分析フレームワークを開発した。
一つ目の「WHO:誰が?」は、このフレームワークの中心に位置する。この要素で扱うのは顧客だ。顧客を定義するためには、いくつかの質問に答える必要がある。対象顧客は誰か?顧客は何を望んでいるのか?顧客のニーズは何か?顧客の悩み事やメリットは何か?これらの質問に適切に回答できるだろうか、それとも何か克服すべき情報バイアスにとらわれていないか?このフレームワークの中心、すなわち顧客を最初に考えることで、顧客中心アプローチが導入され、日常的に使われている企業中心の視点から徐々に脱却できる。
次に「WHAT:何が?」は、提供価値および提供するる製品やサービスに関する要素だ。注意すべき重要なポイントは、提供価値と製品やサービスとが異なるということだ。提供価値では、我々が顧客のために生み出す価値を定義する。すなわち、どのようにして顧客ニーズを満たし、顧客に利益をもたらし、顧客の問題を解決するか、である。一方で、製品やサービスは価値提供の道具であり、我々が生み出す価値を具現化し、現実に提供可能にする。
そして「HOW:どのように?」は、バリューチェーン、つまり提供価値を実際に提供するために実行するプロセスを指す。ビジネスモデルを完全に理解するためには、それが単純であろうと複雑であろうと、必ず定義する必要がある。その対象は社内業務だけでなく、顧客に価値を提供するための提携先や業務委託先も含まれる。
最後に「WHY:なぜ?」では、我々の製品やサービスがなぜ商業的に成立するかを示す。ここでは、いくつかの質問を自問自答する。すなわち、価格戦略をどうやって決めるか?どんな販売チャネルで販売するか?マーケティングはどのように実施するか?顧客に提供する支払方法は?他の3つの要素に加えて、この「なぜ?」の質問に回答することで、あらゆるビジネスモデルを完全に理解できる。それと同時に「なぜ?」の質問は、企業がどのように利益を獲得するかという、あらゆるビジネスモデルの根幹となる課題に対応している。
明白なことだが、詳細に記述できるほど、より優れた分析を実現できる。そのための良い練習は、部外者や素人に自社のビジネスを説明することだ。他業界の人の方が、新たなビジネスモデルに不可欠な要素を指摘してもらう上で有用かもしれない。この演習を自社の同僚とだけ行うと、新たに定義すべき重要な要素がすでに業界の常識の一部となっていた場合に、その要素を再定義し忘れてしまうおそれがある。どんな場合でも、部外者の視点で見ることが望ましい。
BMI Labの55種のビジネスモデル・パターンの紹介
ここまでの話で、経験豊富な専門家の方は、いったい何個のビジネスモデル・パターンを定義できるのかと疑問に思うかもしれない。BMI Labでは、ビジネスモデル全体の90%を網羅する55種のパターンを特定している。これらのパターンは、現状のビジネスモデルを整理する際に有用だが、同時に現状のビジネスモデルを変更するきっかけにもなる。ここで、実際にビジネスモデルを定義して理解する方法をより深く知ってもらうために、いくつかの例を示したい。参考例として紹介するパターンは、店舗内出店、ロビン・フッド、賽銭方式、所有権の分割の4つだ。次の図に示すように、各パターンはビジネスモデルの中核要素の少なくとも2つに関係している。
店舗内出店“Shop in Shop”
店舗内出店のビジネスパターンは、「何を?」「どのように?」「なぜ?」の軸に関係する。つまり、このパターンを導入する企業は、その提供価値、バリューチェーン、収益モデルを、このパターン特有の方法に変更する可能性があることを意味する。具体的には、自社の提供するサービスを店舗内で提供することで利益を得られる店舗をもつ提携先を選定し、新しい支店を開設する代わりに提携先の店舗内に小型の模擬店舗を設置するのだ。場所を提供する側の店舗は、サービス追加による集客力の向上という利益を得るとともに、出展社側から賃貸料の形で安定した収益を得られる。出店する側の企業は、店舗内のスペース、地域カバレッジ、労働力などのリソースをより安価に利用できる。
このビジネスモデルの実例の一つが、60年の歴史を持つドイツのコーヒー販売とカフェのチェーンで、商品ラインナップが毎週変わることで有名なチボー(Tchibo)だ。同社は幅広い製品を提供し、同社の顧客である真のコーヒー愛好家により良いサービスを提供できるよう常に努めている。同社の品揃えはコーヒーにとどまらず、電化製品や家庭用品に及ぶ幅広いものだ。
チボーには通常店舗に加えて、フリッシェ・デポと呼ぶパン屋やスーパーマーケット内の専用コーナーが22,000以上あり、同社「ブランド」の専用棚で、食品以外の商品とともにコーヒー豆等(一部のデポではセルフサービス型のコーヒー豆グラインダーを提供)を販売している。この「店舗内出店」のビジネスモデルにより、チボーは店舗スペースと店舗運営スタッフへの多額の投資を要する実店舗を増やすことなく、より多くの顧客に商品を販売できる。ビジネスモデルの革新で課題に対処する
賽銭方式“Pay What You Want”
賽銭方式のビジネスモデル・パターンは、「何を?」「なぜ?」の軸に関係する。したがって、このパターンを導入する企業は、提供価値と収益モデルを変更することになる。顧客は製品またはサービスに対して好きな金額を支払うのだが、ゼロの場合すらあり得る。そのため、最低価格を設定したり、推奨価格を顧客に提示することもある。顧客には価格を自由にする権限が与えられる一方、個々の顧客の支払い意欲に応じた価格とすることで、売り手はより多くの顧客を獲得できる。
このビジネスモデルの良い例として、ロックバンドグループ「レディオヘッド」のアルバム「In Rainbows」がある。世界的に有名なこのバンドは、このアルバムをインターネットでファンに直接販売することを決め、購入者が望む金額を、たとえそれがゼロでも自由に支払うよう求めた。バンドにとってのメリットは圧倒的であった。仲介業者(この場合は音楽レコード会社)を排除することで、1回の販売あたりの利益率が大幅に増加したのだ。さらに、レディオヘッドの曲を聴く人も増えた。最終的には、これらの新たなファンの多くが、レディオヘッドから別のアルバムを購入したり、ロックバンドにとって最大の収入源であるライブイベントに料金を払って参加することになるからだ。
ロビンフッド“Robin Hood”
ロビンフッドのビジネスモデルは、「誰が?」「何を?」「なぜ?」の軸に関係する。したがって、このパターンを導入する企業は、顧客、提供価値、収益モデルを変更する必要がある。このパターンでは、同じ製品やサービスを「富裕層」には「貧しい人々」よりも、はるかに高い価格で提供し、貧しい人々に低価格で製品やサービスを提供するための財源にする。したがって利益の大部分は裕福な顧客層から生み出される。「貧しい人々」にサービス提供すること自体は利益を生まないが、競合他社が達成できない規模の経済を生み出すというメリットがある。加えて、企業イメージにも良い影響を与える。
このビジネスモデル・パターンの良い例が、トムズ・シューズ(Tom’s Shoes)だ。。同社では、典型的なアルゼンチンのデザイン(アルパルガータ)をベースにした靴をはじめ、メガネ、アパレル、ハンドバッグなどをデザイン・販売している。同社の顧客に対する提案は非常に明確だ。具体的には、トムズの靴が1セット売れると、新しい靴が1セット貧しい子供に贈られ、トムズのメガネが1つ売れると、利益の一部が貧困国や発展途上国の人々の視力を救ったり回復したりするために使われるのだ。
そしてトムズのバッグが1つ売れると、熟練した助産師育成のための研修や安全な出産のためのアイテムが入った出産キットの配布の支援が行われる。このアプローチは成功しており、事業採算面でも持続可能だ。トムズ・シューズのCEOであるブレイク・ミコスキー氏は次のように述べている。「私が思うに、このアプローチは、信じられないほど持続可能です。当社のコスト構造には、顧客に単なる購入でなく何かの役に立っていると感じてもらうことで大きな価値を提供したい、という我々の意図が組み込まれています。」つまり、同社製品に代金を支払う顧客とコスト負担を分かち合うことで、無償製品の配布が可能になっているのだ。「1つ買ったら1つ与える(“buy one, give one”)」は同社の強力なブランド・メッセージであり、顧客は貧困の中で暮らす人々に必需品を供給するトムズ・シューズの取り組みを高く評価している。社会的なアプローチで新しい製品やブランドを生み出す多数のソーシャル・アントレプレナーがこの手法を採用している。
所有権の分割“Fractionalized Ownership”
最後に、所有権の分割のビジネスモデル・パターンは、ビジネスモデルの4つの基本要素すべてに関係する。このパターンを適用する場合、顧客層を変更し、新しい価値を提供し、価値を提供する方法を変更し、新しい収益モデルで利益を獲得する。所有権の分割は、複数の共同所有者による特定の(通常は価格の高い)資産の共有を意味する。 顧客は資産の購入費用すべてを一人(あるいは一社)で負担することなく、所有権による恩恵を受けられる。
このビジネスモデルの優れた例として、カーシェアリング事業がある。カーシェアリング企業はモビリティ・サービスとして一定の時間ユーザーに車を貸し、多くの場合に顧客は使用時間ごとに分単位で料金を支払う。この事業を実現するために、カーシェアリング企業は車両に投資して保有・維持することもできるが、多くの場合には設備投資額を低く抑えるために自動車メーカーとの提携が実施されている。エンドユーザーは車を所有しなくとも、便利で柔軟なモビリティ・サービスを受けられる。DriveNow(BM)、Car2Go(Daimler-Benz)、Zipcarなどのいくつかの企業は、すでにヨーロッパ、アジア、北米でこのビジネスモデルを実行しており、事業に必要なコストを抑えつつ、都市居住者に対してオンデマンドで柔軟な都市交通を提供している。それに加えて、環境汚染や資源の浪費から環境を守るという主要政策の一環として、欧州連合(EU)はカーシェアリング事業を支援している。
ビジネスモデルのパターンとイノベーション
上記で説明した4つのモデルは、BMI Labが特定したビジネスモデル・パターンのほんの一部である。ビジネスモデルを構成する4つの基本軸を分析することで企業のビジネスモデルを定義するという我々の方法を理解する上で、これらのパターンは非常に有用である。
それだけでなく、ビジネスモデル・パターンはイノベーションにも役立つ。BMI Labのイノベーション・プロセスのアイデア創出段階では、これらのパターンを使用して、新たな革新的ビジネスモデルにつながるアイデアを創出する。自社以外の業界で使われているパターンを自社の業界に強制適用することで、そのパターンの背後にあるロジックを自分の業界や自社のビジネスモデルにどう適用できるかを考えるのだ。この演習は、サービス提供する新しい顧客層、革新的な提供価値、価値提供の新たな方法、そして未開拓の収益源を洗い出すために大いに役立つ。BMI Labで実際にどのようにアイデア創出を実施しているかについては、次回のブログ記事で説明したい。
DX・イノベーション手法を学ぶ、
マキシマイズのセミナー
いかがでしたでしょうか。弊社では、ビジネスモデル・ナビゲーターを日本企業にも普及させるべく、ワークショップやプロジェクト支援など様々な支援サービスを提供しております。ご興味の方は是非お問い合わせください。
次回は、『イノベーションのプロセスにおいて創造力を向上させるための6つのツール(”Six tools to improve your creativity during an innovation process”)」という、画期的なアイデアを発想するための各種ツールや手法に関するブログ記事をご紹介予定です。
WRITER
渡邊 哲(わたなべ さとる)
株式会社マキシマイズ シニアパートナー
Japan Society of Norithern California日本事務所代表
早稲田大学 非常勤講師
東京大学工学部卒。米国Yale大学院修了。海外の有力ITやイノベーション手法の日本導入を専門とする。特に海外ベンチャー企業と日本の大手企業や団体との連携による新規事業創出に強みを持つ。三菱商事、シリコンバレーでのベンチャー投資業務等を経て現職。ビジネスモデル・ナビゲーター手法の啓蒙活動をはじめ、日本のイノベーションを促進するための各種事業を展開中。
「アントレプレナーの教科書」「ビジネスモデル・ナビゲーター」「イノベーションの攻略書」「DXナビゲーター」「イノベーション・アカウンティング」を共訳/監訳。