ビジネスモデル・イノベーション入門編 - パート2:なぜビジネスモデル・イノベーションが重要なのか?("Business Model Innovation Basics Series - Part 2: Why Business Model Innovation Matters")
みなさんこんにちは。マキシマイズの渡邊です。今回も、既存事業を持つ大企業がシリコンバレーのスタートアップに負けない画期的な新規事業を創造するために、インダストリー4.0の一環としてスイスで開発された手法である『ビジネスモデル・ナビゲーター』開発元BMI Lab社のブログを皆さんにご紹介します(※BMIとはBusiness Model Innovation:ビジネスモデル・イノベーションの略です)。
今回のブログは「ビジネスモデル・イノベーション入門編 - パート2:なぜビジネスモデル・イノベーションが重要なのか?("Business Model Innovation Basics Series - Part 2: Why Business Model Innovation Matters")」という、ビジネスモデル・イノベーションの重要性についてのお話しです。では本文をお楽しみください。
ビジネスモデル・イノベーション入門編 - パート2:なぜビジネスモデル・イノベーションが重要なのか?("Business Model Innovation Basics Series - Part 2: Why Business Model Innovation Matters")
2022年7月28日
ビジネスモデル・イノベーション入門編 - パート2:なぜビジネスモデル・イノベーションが重要なのか?(BMI Lab社ウェブサイトのブログ記事を、同社の許可を得て翻訳、掲載しています)
スポーツ競技からの学び
ビジネスにおける競争はスポーツ競技と似ており、勝者と敗者が存在する。しかし、アスリートや企業が勝利するための「秘訣」とは何なのか? それは純粋な才能、労働倫理、スポンサーシップ、ビジョン、トレーニングだけなのだろうか?
これらは確かに重要な要素だが、プロの世界では当たり前の条件であり、トップレベルにおいては決定的な差別化要因にはならないだろう。では、2003年までツール・ド・フランスで一度も優勝したことがなく、オリンピックでも95年間メダルを獲得できなかったイギリスの自転車競技チームが、2007年から2017年の間にオリンピックおよびパラリンピックで金メダル66個、ツール・ド・フランスで5回の優勝を成し遂げたのはなぜか (Clear,2018年)?
その決定的な転換点となったのが、新たに就任したデイブ・ブレイルスフォード監督の革新的な哲学とアプローチだった。彼が提唱した「限界利益の集積」という考え方は、競技のあらゆる側面で小さな改善点を見つけ出し、それらを積み重ねることで最終的に圧倒的な向上と成功につなげるというものだった。彼の継続的な改善の手法は、主に自転車競技とは無関係だった既存の概念を創造的に再構築することで成り立っていた。たとえば、レーシングスーツの素材を風洞実験でテストしたり、機材に付着した微細な汚れを見つけやすくするためにトラックの内装を白く塗装したりするなど、細部にわたる工夫を積み重ねていった (Clear,2018年)。
これらの知見をビジネスの世界に応用してみよう。どのような示唆が得られるか?たとえ不利な状況であっても、企業がビジョンの達成を目指す際に、総合的なアプローチのもとで小さな改善、革新、変革を積み重ねることで、圧倒的な成功と持続的な競争優位を生み出すことができる。企業が戦略を実行し、ビジョンに向かって進むための総合的なアプローチは、ビジネスモデルのすべての要素、すなわち WHO(誰に)、WHAT(何を)、HOW(どのように)、VALUE(どんな価値を) というロジックによって説明される。
ビジネスモデルに小さな、しかし革新的な変化を加える際には、「車輪を再発明」する必要はない。むしろ、他業界の既存のコンセプトからインスピレーションを得て、それを自社のビジネスモデルに応用すべきだ。企業のビジネスモデルにおける異なる側面での様々な変革を組み合わせることで、大幅な改善を実現できる。ただし、ビジネスモデルを 場当たり的に 一度きりの手法で革新・改善すべきではない。ビジネスモデル変革の重要性や、市場環境のダイナミックな変化を踏まえ、定期的かつ継続的に更新・見直す必要がある。これは、次の3つの要点に集約できる。
- 競争上の優位性と成功は、主に、企業が戦略をどのように実行するかという総合的なアプローチによって生み出される。それが企業のビジネスモデルである。
- 他の業界の既存のコンセプトからインスピレーションを得て、それをビジネスモデルに適用する。
- 既存のビジネスモデルの改善方法を継続的に模索する。
これを踏まえると、ネスレのネスプレッソ、ロールスロイスの航空機タービン事業、アップルのiTunes、アマゾンのオンライン書店など、近年の主要な成功事例の多くが、ビジネスモデル・イノベーションの成功によるものであるのは決して偶然ではない。
また、長年にわたり革新的な製品で知られてきた有名企業が、なぜ突然競争優位を失うのかについても説明できる。AEG、グルンディッヒ、ニックスドルフ・コンピューター、トライアンフ、ブロックハウス、アグファ、コダック、クヴェレ、シュレッカーといった有力企業が、次々とビジネスの舞台から姿を消している。彼らは、かつての革新的な強みを市場で活かす能力を失い、変化する環境にビジネスモデルを適応させることができなかったのだ。
「将来の競争は、製品や企業の間ではなく、
ビジネスモデルの間で起こるようになる。」
— ゲイリー・ハメル(LBS教授)
ビジネスモデル・イノベーションは競争優位性に不可欠な要素である
今日では、革新的なビジネスモデルを開発する能力は、企業の持続的な競争力と長期的な成長のために不可欠な要素となっている (Casadesus-Masanell & Ricart, 2011年; Gassmann他, 2020年)。 競争優位性は企業のビジネスモデルから生み出されることが増えており、製品やプロセスのイノベーションにのみ注力するだけでは、もはや十分ではなくなっている。 これは特に成熟市場において顕著である。
上の図は、市場のライフサイクルを通じて、競争優位性がどのように変化するかを示している。初期段階では、企業の主な差別化要因は製品の品質や機能にある。 しかし、市場が成熟するにつれ、競争相手との製品や品質の差は縮まり、コモディティ化が進んでいく。
この段階では、競争優位性は主に効率的なプロセスとプロセス・イノベーションによって生み出される。 しかし、プロセス効率の優位性も、時間の経過とともに他社に追いつかれ、いずれは消滅する可能性がある。 したがって、成熟市場における競争は、企業間のビジネスモデル同士の戦いへと移行していく。 成功したビジネスモデル・イノベーションは、より持続的な競争優位性を生み出し、企業の大きな差別化要因となる。
このことは、B2CおよびB2B市場における数多くの成功事例が証明している(上記以外のビジネスモデル・イノベーションの成功事例については、こちらのページを参照してほしい)。 ビジネスモデル・イノベーションは、持続的な競争力を生み出すだけでなく、大きな成長機会も提供する。 ボストン・コンサルティング・グループの調査によると、ビジネスモデル・イノベーションは、純粋な製品やプロセスのイノベーションと比較して、5年間で約6%高い収益性をもたらすとされている (Gassmann他,2020年)。
ビジネスモデルの「有効期限」
しかしながら、製品やプロセスのイノベーションと同様に、すべてのビジネスモデルにも一定の寿命がある (Osterwalder他,2011年)。では、ビジネスモデルの有効期限はいつ訪れるのか? 実際には、既存のビジネスモデルを変えるきっかけとなる要因は多岐にわたる。
主な要因は、事業エコシステムの環境が絶えず変化していることにある。企業は、新たなテクノロジーの登場、激化する競争、異業種間の競争の増加、製品ライフサイクルの短縮、コモディティ化、そして規制の変更などによって生じる市場の変動や不確実性に対応しなければならない (Cliffe, 2011年; Gassmann他,2020年)。
そのため、企業は事業環境の大きな変化に対して、受動的に対応を迫られる場合もあれば、ビジネスモデルを適応させることで積極的に先手を打つこともある。また、市場の飽和によって成長の限界を迎え、新たなビジネスモデルへの転換を余儀なくされ、中核事業から撤退せざるを得ないケースもある。現在のビジネスモデルを根本的に変える必要があるサインの一つは、既存の製品やサービスの漸進的なイノベーションによる改善幅が縮小し続けることだ。
もう一つの典型的な兆候は、さらなる改善のためのアイデアが減少し、既存顧客が代替製品へと移行し始めることである(Ovans,2015年)。
ビジネスモデル・イノベーションが失敗する理由
成功するビジネスモデル・イノベーションと、成果が出ない、あるいは完全に失敗するビジネスモデル・イノベーションとの違いは何なのか。実際には、ビジネスモデル・イノベーションの大半は失敗に終わっている(Christensen他,2016年)。この厳しい現実の背後にある主な要因の一つは、多くの試みが体系的で十分に根拠のあるアプローチなしに、場当たり的かつ偶然に頼って行われていることだ。Magretta氏とCasadesus-Masanell氏によると、ビジネスモデル・イノベーションが失敗するもう一つの重要な原因は、「ビジネスモデル」と「戦略」という二つの概念が同義語として誤解されていることである。ビジネスモデルとは、企業の内部ロジック、すなわち「どのように機能し、価値を生み出し、それを収益化するか」を指す。一方で、戦略は、競争相手に対して独自の差別化されたポジションを確立するための計画である。ビジネスモデルの方向性を示し、その設計に役立つのが、組織の戦略なのだ。
さらに、ビジネスモデルのイノベーションは、しばしば組織内の縦割り構造の中で個別に進められる。しかし、革新的なビジネスモデルの本当の価値と実現可能性を評価するには、市場の競合他社が持つ既存のビジネスモデルと比較し、外部環境との整合性や相互作用、競争力を考慮することが不可欠である (Casadesus-Masanell & Ricart,2011年)。
したがって、成功するビジネスモデルは、体系的に構築されるべきだと私たちは考えている。当社の「ビジネスモデル・ナビゲーター」は、企業のビジネスモデルを論理的に設計し、再構築するための手法の一つである。さらに、「ビジネスモデル・イノベーション・パターンカード」 と組み合わせることで、経営幹部や戦略的イノベーターにとって強力なツールとなる。
参考文献:
Casadesus-Masanell, R., & Ricart, J. E. (2011). How to design a winning business model. Harvard Business Review.
Clear, J. (2018). Atomic habits: An easy and proven way to build good habits and break bad ones. Random House Business Books.
Christensen, C. M., Bartman, T., & van Bever, D. (2016). The hard truth about business model innovation. MIT Sloan Management Review. https://sloanreview.mit.edu/article/the-hard-truth-about-business-model-innovation/
Cliffe, S. (2011). When your business model is in trouble. Harvard Business Review. https://hbr.org/2011/01/when-your-business-model-is-in-trouble
Gassmann, O., Frankenberger, K., & Choudury, M. (2020). Geschäftsmodelle entwickeln: 55 Innovative Konzepte mit dem St. Galler Business Model Navigator. Carl Hanser Verlag GmbH & Co. KG
Magretta, J. (2002). Why business models matter. Harvard Business Review, 80(5), 86–92, 133. https://hbr.org/2002/05/why-business-models-matter
Osterwalder, A., & Pigneur, Y. (2010). Business model generation: A handbook for visionaries, game changers, and challengers. John Wiley & Sons
Ovans, A. (2015). What is a business model? Harvard Business Review. https://hbr.org/2015/01/what-is-a-business-model
いかがでしたでしょうか。弊社では、ビジネスモデル・ナビゲーターを日本企業にも普及させるべく、ワークショップやプロジェクト支援など様々な支援サービスを提供しております。ご興味の方は是非お問い合わせください。
次回はビジネスモデル・イノベーション紹介ブログの第3弾として、「ビジネスモデル・イノベーション入門編 - パート3:成功するビジネスモデルを生み出す方法("Business Model Innovation Basics Series - Part 3: How to create successful business models")」という、ビジネスモデルのアイデア創造プロセスに関するブログ記事をご紹介予定です。
WRITER

- 渡邊 哲(わたなべ さとる)
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株式会社マキシマイズ シニアパートナー
Japan Society of Norithern California日本事務所代表
早稲田大学 非常勤講師
東京大学工学部卒。米国Yale大学院修了。海外の有力ITやイノベーション手法の日本導入を専門とする。特に海外ベンチャー企業と日本の大手企業や団体との連携による新規事業創出に強みを持つ。三菱商事、シリコンバレーでのベンチャー投資業務等を経て現職。ビジネスモデル・ナビゲーター手法の啓蒙活動をはじめ、日本のイノベーションを促進するための各種事業を展開中。
「アントレプレナーの教科書」「ビジネスモデル・ナビゲーター」「イノベーションの攻略書」「DXナビゲーター」「イノベーション・アカウンティング」を共訳/監訳。