年次予算制度のもとで段階的資金配分を機能させる方法(“Making Metered Funding Work in a World of Annual Budgets”)

オープンイノベーション

みなさんこんにちは。マキシマイズの渡邊です。今回も書籍『イノベーションの攻略書(原題:The Corporate Startup)』、『イノベーション・アカウンティング(原題:The Innovation Accounting)』の著者であるダントマ氏のブログ記事をご紹介します。

今回は、「年次予算制度のもとで段階的資金配分を機能させる方法(“Making Metered Funding Work in a World of Annual Budgets”)」という、大企業におけるイノベーション資金の配分と予算制度の整合性の取り方についてのお話です。では本文をお楽しみください。

年次予算制度のもとで段階的資金配分を機能させる方法(“Making Metered Funding Work in a World of Annual Budgets”)

2025年8月22日
ダン・トマ氏
年次予算制度のもとで段階的資金配分を機能させる方法
(ダン・トマ氏が"OUTCOME社ウェブサイト"に掲載したブログ記事を、本人の許可を得て翻訳、掲載しています)

長年にわたり、経営幹部はスタートアップのスピードと俊敏性に刺激を受け、「なぜ自社は彼らのようにイノベーションを起こせないのか」と自問してきた。その答えの一つは、スタートアップの資金調達のあり方にある。スタートアップは通常、最初から多額の資金を一括投入するのではなく、エビデンスと進捗に応じて段階的に資金を調達する。この「メータード・ファンディング(段階的資金配分)」と呼ばれる慣行は、起業家の資金調達における重要な特徴となっている。これは、実験や実証を通じた学習、顧客中心の反復を重視するリーンスタートアップのような、エビデンスに基づくイノベーション手法と軌を一にするものである。資金投資をマイルストーンと連動させることで、組織は無駄を最小化し、リスクを抑制し、時期尚早なスケールを防ぐことができる。チームにとっては規律と集中を促す仕組みとなり、リーダーにとってはデータによって正当化された場合にのみ資源を投入できるようになる。

しかし、メータード・ファンディングはスタートアップのエコシステムでは有効に機能する一方で、大企業の内部に適用する際には難題が生じる。多くの企業はいまだに年間予算サイクルで運営されており、それは俊敏性ではなく、予測可能性と統制を前提に設計された仕組みである。その結果、構造的な摩擦が生まれる。イノベーション・プログラムでは資金が段階的に配分されるものの、プロジェクトが事業部門へ移管・昇格する段階に至ると、硬直的な予算承認プロセスという壁に直面するのである。

年間予算編成とイノベーションの衝突

私たちが支援したあるグローバルなバイオテクノロジー企業を例に挙げる。同社の全社イノベーション・アクセラレーター・プログラムは、4つの開発段階から構成される構造化されたアイデア・ライフサイクル・フレームワークを通じて、メータード・ファンディングを採用していた。イノベーション・アクセラレーター部門は初期の探索段階(ステージ1および2)に資金を提供していたが、後期段階へ進むプロジェクトは、事業部門からのスポンサーシップを確保する必要があった。

アクセラレーター・プログラムに参加したあるチームは、ビジネスモデルの検証を迅速に進め、第2ステージへ移行するための資金を獲得した。しかし、さらなるスケールに向けた準備が整った段階で障壁に直面した。どの事業部門にも、次の年次予算サイクルまで活用可能な予算枠がなかったのである。その結果、1年間の遅延が生じた。幸いにも対象市場は安定していたため、初期段階で得られたエビデンスは翌年も有効性を維持したが、企業は1年分の潜在的収益を逸失したことになる。より厳しい市場環境であれば、この遅延によってそれまでの検証結果が無効化され、アイデア自体が完全に頓挫していた可能性もあったのである。

これは決して例外的なケースではない。業界を問わず、多くの有望なイノベーション・プロジェクトが概念実証(PoC)後に停滞している。それは証拠が不足しているからではなく、これらのプロジェクトが企業の財務運営システムに適合していないためである。その結果、チームにはフラストレーションが蓄積し、市場機会は逸失され、イノベーションにかかる総コストはむしろ増大することになる

企業がメータード・ファンディングのメリットを享受したいのであれば、予算編成のあり方をイノベーション・プロジェクトに適合させる必要がある。ここでは、両者の仕組みを調和させるための4つの方法を示す。

1. イノベーションの分権化

各事業部門が自らのイノベーション・プロジェクトを推進する責任を担うことで、全社部門から引き継がれたプロジェクトの受動的な受け手ではなく、主体的な当事者となる。この分権化により、事業部門は当初からイノベーションに必要な予算を財務計画に組み込むことができ、プロジェクトの進展に伴う資金の継続性を確保できるようになる。また、新たに生まれたアイデアと、それを商業化するうえで最も適した事業部門との整合も加速される。

これを進める上での課題は、明確なイノベーション戦略に基づかなければ、分権化によって各事業部門のイノベーションが社内で分断されてしまう点にある。これに対処するためには、企業は全社共通の原則と評価基準を確立するとともに、事業部門が予算の一定割合をイノベーションに直接配分できるよう権限を付与する必要がある。実際に、収益や営業費用の一定割合を事業部門主導のイノベーションに充当している企業も存在する。重要なのは、自律性と全社的整合性とのバランスを取ることである。

2. 事業部門を早期に関与させる

少なくとも1つの事業部門がスポンサーとして早期かつ主体的に関与しない限り、イノベーション・プロジェクトを前進させるべきではない。実際には、プロジェクトが概念実証(PoC)フェーズを完了したにもかかわらず、それを引き受ける意思、あるいは財務的余力のある事業部門が見つからないというケースは少なくない。アイデア創出やプロトタイピングの段階から事業部門のリーダーが関与していれば、イノベーション・チームは後に続く段階で求められる要件を事前に見通し、それらの前提条件を予算に織り込むことが可能となる。

このようなアプローチは、予算上の問題を解決するにとどまらず、市場との戦略的整合性を高める効果も持つ。事業部門は顧客との関係、流通チャネル、そして事業運営のノウハウを有しており、事業の拡張段階におけるリスクを低減することができる。実務上は、全社イノベーション推進部門が、個々のプロジェクトを初期検証段階から先へ進める際に、事業部門のスポンサーシップを必須要件とすることを意味する。事業部門との明確な整合がないプロジェクトは、書類上どれほど有望に見えたとしても前進させるべきではない。ユニリーバ、ハイアール、P&Gといった、イノベーションの取り組みで知られる企業各社が、このアプローチを採用している。

3. イノベーションガバナンスの強化

全社のイノベーション推進部門は、事業部門と場当たり的に資金を奪い合うべきではない。むしろ、CEO、CFO、あるいは取締役会に直接レポートする位置付けとして、裁量的に活用可能なイノベーション予算へアクセスできる体制を整えるべきである。こうした資金は、初期の探索段階から事業拡張段階に至るまで、イノベーションのライフサイクル全体にわたって投入することができる。その結果、年間予算サイクルの狭間に生じる資金ギャップを埋めることが可能となり、潜在的に高い事業性を持つプロジェクトが、単に年度の区切りを待つという理由だけで停滞する事態を防ぐことができる。

この構造は、イノベーションを戦略的優先事項として位置付け、経営陣のコミットメントを明確に示すものである。また、最終的な説明責任を経営トップに帰属させる仕組みでもある。すなわち、追加資金を投じるに足る十分なエビデンスがあるかどうかを、経営陣自らが判断しなければならないのである。これにより、企業はイノベーション投資に対しても、他の資本配分判断と同様の厳格さを適用しつつ、必要な柔軟性を維持することができる。デュポン、3M、ペプシコといった企業が、このアプローチを採用していることで知られている。

4. ローリング予算の導入

最後に、企業各社は「ビヨンド・バジェッティング(Beyond Budgeting:従来型予算管理を超える経営原則)」の理念に沿って、ローリング予算モデルへ移行すべきである。従来の年間予算サイクルとは異なり、ローリング予算では、エビデンス、顧客からのフィードバック、市場環境の変化に応じて、経営陣が資源を動的に再配分することが可能となる。イノベーションにおいて、この柔軟性は決定的に重要である。これにより、企業の会計年度のペースではなく、発見と学習のペースに合わせて、有望なプロジェクトへ資金を振り向けることが可能となる。

ローリング予算の導入は容易ではない。導入を推進するためには、企業文化の変革、システムの刷新、そして何十年にもわたる慣行を再考する意欲を持つ財務リーダーの存在が不可欠となる。しかし、中核事業には年間予算を維持しつつ、イノベーション領域にはローリングの原則を適用するハイブリッド型モデルを試行し、すでに成果を上げている企業も存在する。例えば、私たちが調査したある欧州の銀行は、デジタル部門内にローリング型のイノベーション・ファンドを設けることで、次の会計年度を待つことなくフィンテック企業との提携を加速させることができた。その結果、市場投入までの時間が短縮され、競争の激しい市場環境における競争力が向上したのである。

変化をリードする

企業においてメータード・ファンディングを機能させることは、単なるプロセスの問題ではなく、リーダーシップと企業文化の問題でもある。CFOは、イノベーションと財務を結び付ける要の存在として中心的な役割を担い、俊敏性と説明責任を両立させるガバナンス体制を構築しなければならない。一方、イノベーション・リーダーは、自らのプロジェクトが次の段階の資金拠出を受けるに値することを示すエビデンスを、明確かつ一貫して提示する責任を負う。両者は、意思決定が社内の役職や政治的力学ではなく、データと顧客に関する知見に基づいて行われる文化を率先して醸成しなければならない。

学ぶべき教訓は明白である。企業が研修やスキル向上、あるいはマインドセットの転換にどれほどのエネルギーを注いだとしても、財務や事業の枠組みを規定する運営システムそのものが進化しない限り、イノベーションの速度は依然として遅いままであり、コストも高止まりしたままとなる。メータード・ファンディングは、学習を加速し、リスクを低減する強力な仕組みを企業にもたらす。しかし、その潜在力を最大限に引き出すためには、予算編成とイノベーションの接点をいかに再設計するかを、企業自身が再構想しなければならない。

イノベーションに真剣に取り組む企業にとって、取るべき行動は明白である。資金投下を官僚的な障害ではなく、戦略的レバーとして位置付けることである。まずはパイロット導入から着手し、エビデンスを積み上げ、新たな予算編成手法を段階的に拡大していくべきである。このバランスを体得することに成功すれば、企業は単にイノベーションを加速させるにとどまらず、事業アイデアを持続可能な成長へと転換する能力においても競合を凌駕することができる。

当社のポートフォリオ管理・イノベーション会計プラットフォーム「SATORI」を活用すれば、全社における予算の配分や使用状況をリアルタイムで可視化できます。さらに、ワークフローを効率化し、日々の管理業務の負担を軽減します。


いかがでしたでしょうか。弊社では、ダン・トマ氏が欧州企業向けに導入支援を進めているイノベーション・システムを日本企業にも普及させるべく活動しております。ご興味の方は是非お問い合わせください

次回のブログは「イノベーション会計を組織に反発を生まずに導入する方法(“How to Introduce Innovation Accounting Without Alienating Your Organization”)」というイノベーション会計の段階的導入についてのお話です。

WRITER

株式会社マキシマイズ代表取締役
渡邊 哲(わたなべ さとる)
株式会社マキシマイズ シニアパートナー
Japan Society of Norithern California日本事務所代表
早稲田大学 非常勤講師

東京大学工学部卒。米国Yale大学院修了。海外の有力ITやイノベーション手法の日本導入を専門とする。特に海外ベンチャー企業と日本の大手企業や団体との連携による新規事業創出に強みを持つ。三菱商事、シリコンバレーでのベンチャー投資業務等を経て現職。ビジネスモデル・ナビゲーター手法の啓蒙活動をはじめ、日本のイノベーションを促進するための各種事業を展開中。
「アントレプレナーの教科書」「ビジネスモデル・ナビゲーター」「イノベーションの攻略書」「DXナビゲーター」「イノベーション・アカウンティング」を共訳/監訳。

関連記事一覧

資料ダウンロード 資料ダウンロード