イノベーション投資方針とその構成(“THE INNOVATION THESIS AND ITS STRUCTURE”)

イノベーション

みなさんこんにちは。マキシマイズ代表の渡邊です。
今回も書籍『イノベーションの攻略書(原題:The Corporate Startup)』著者ダン・トマ氏の最新書籍『The Innovation Accounting』に関するブログ記事をご紹介します。
同書の日本語版『イノベーション・アカウンティング』を2022年10月5日に発売開始しました。

今回は、「イノベーション投資方針とその構成(“THE INNOVATION THESIS AND ITS STRUCTURE”)」という、イノベーション戦略の策定方法についてのお話です。では本文をお楽しみください。

「イノベーション投資方針とその構成(“THE INNOVATION THESIS AND ITS STRUCTURE”)」

2023年6月14日  ダン・トマ氏
イノベーション投資方針とその構成
(ダン・トマ氏が“OUTCOME社ウェブサイト”に掲載したブログ記事を、本人の許可を得て翻訳、掲載しています)

1961年5月25日のアメリカ合衆国議会合同会議におけるケネディ大統領の以下の発言が宇宙開発競争の始まりと考えられます。
「私は我が国が、人間を月面に送り込み無事に帰還させる、という目標を1960年代のうちに達成することを確約すべきだと考えます。」-ジョン・F・ケネディ
しかし同氏の発言は、非常に優れたNASAのイノベーション投資方針であったとも言えます。
イノベーションは、企業の成長戦略に不可欠の要素であるべきです。なぜなら、イノベーションによって変化の時代における企業の持続性が担保されるからです。しかしながら、中核事業の戦略とイノベーションとの方向性を合わせることが、多くの企業にとっての問題となります。

イノベーション投資方針について

>イノベーション投資方針は、企業が意図的なイノベーション投資を開始するために必要なガイダンスとして機能する。つまりランダムな投資を防ぐ。

>イノベーション投資方針は、イノベーションプロセスの最初に時点でアイデアをふるいにかけるためのフィルターとしてだけでなく、そのアイデアに関する意思決定のツールとしてイノベーションのライフサイクル全体を通して利用するものだ。

>イノベーション投資方針の構成は、アイデアの自然な発展に沿ったものである。

現在と未来の成長を包含する首尾一貫したストーリーが欠如しているときにはいつも、イノベーションが集中を妨げる邪魔者とされ、イノベーションを未来を探査するための有効なツールとして使うことを妨げられます。
ベンチャーキャピタルの投資家にどんな市場のどんなスタートアップに投資するかを特定する投資方針があるのとちょうど同じように、すべての企業にイノベーション投資方針が無ければならないのです。イノベーション投資方針によって未来に対する企業の見方とイノベーションの戦略目的を明確に定められるのです。
イノベーションの攻略書(翔泳社2019年、原著“The Corporate Startup book”)にあるイノベーション投資方針のワークシートを埋めることが、実行につながる文書を準備するうえでの第一歩となります。ただし、実際に社内で利用可能な最終成果物を得るためには、より複雑な手順を経る必要があります。また、最終的に、イノベーション投資方針を壁に飾って埃をかぶる「見栄えの良いお飾り」にしてしまってはいけません。なぜなら、企業が全社目標と無関係なアイデアに無秩序に投資するのを防ぐことが、イノベーション投資方針の目的だからです。
イノベーション投資方針は、社内の製品開発であれ、外部のスタートアップ投資であれ、より意図的な投資の意思決定に役立つ必要があります。また、この投資方針は作成して1回だけ使うのでなく、社内の多くの人々に繰り返し利用されるものであり、したがって明瞭であることが必須です。
投資方針があいまいであればあるほど、使用する際の効果は薄れ、あるいはまったく使われなくなってしまいます。さらに、この投資方針は、企業組織のすべての階層のニーズに応える、製品ライフサイクル全体にわたる意思決定の指針となります。

イノベーション投資方針の構成

統合版のイノベーション投資方針は、主文(Statement)、非投資方針(anti-thesis)、投資方針(thesis)の3つのパートで構成されます。それぞれのパートが特定の対象ユーザーの特定のニーズに対応しています。
イノベーション投資方針の主文のパートは、企業がイノベーションで成し遂げようとする野心的目標の全体像を示すことを目的に作成されています。このパートでは、細かな詳細に立ち入らずに大局観を伝えます。
主文に続いて、次のパートは非投資方針です。ここでは、企業が投資を行わない対象を明確にします。主文のパートが取締役層や利害関係者に最も有用だとすれば、非投資方針は中間管理職や経営トップに有用です。それというのも投資の意思決定の大半はこのグループが実施するからです。
明瞭な非投資方針は、イノベーターが将来に向けた企業のビジョンに沿わないアイデアを生み出すのを防ぐことにも役立ちます。
イノベーション投資方針は、単にアイデア創造だけでなく、製品ライフサイクルのすべての段階の意思決定プロセスに役立つ必要があるため、課題分野、ビジネスモデル、技術についても包含する必要があります。非投資方針の課題分野では、企業が興味のない分野を明確にします。もし、事業アイデアがそこに記述されている課題分野に入るのであれば、おそらく会社としてそのアイデアの深堀りに投資することはないでしょう。
プロジェクトが成熟してプロブレム・ソリューション・フィットの段階に達したときのために、非投資方針では企業が追い求めることに興味のない種類のビジネスモデルについての明確なルールを定めておく必要があります。例えば、顧客データを販売することが必要となるビジネスモデル、が非投資方針に記載されるかもしれません。


プロジェクトが成熟すると、非投資方針で企業がサポートしない種類の技術を規定する必要が生じます。文書のこのパートでは具体的な技術を明示する。そうでなく、より広く、技術の特徴を記載する場合もあります(例:オンプレミスのインフラを必要とする、規模拡大するために多大な新規投資を必要とする、など)。
文書としては、非投資方針に続いて投資方針を記述します。投資方針では企業として何をサポートするのかを明示します。投資方針を利用する人は非投資方針と同時に利用するため、一貫性と利便性の観点から、投資方針の文書構成は被投資方針と合わせます。

例)
かなり簡略化していますが、物流会社のイノベーション投資方針の例を以下に例示します。

主文:
我々は、デジタル化に伴い業界への参入障壁が低くなるという競争環境の変化を認識しています。しかしながら、我が社は引き続きデータに基づく業界最高レベルのサービスを提供し続けることに注力します。我々は継続的に最新技術の調査・採用を進めることで、我が社のグローバル顧客に対して各地域のニーズに応えてローカライズし、カスタマイズしたソリューションを提供します。
非投資方針:
我が社は以下の課題分野には投資しません。
-ヘルスケア関連の物流と輸送(例:臓器、生体、医薬)
-武器の物流と輸送
-危険物質の物流と輸送(例:放射性物質)
我が社は以下のビジネスモデルには投資しません。
-顧客データを第三者に販売する必要があるもの
-「従来型の対面ビジネス」の流通チャネルを開拓する必要があるもの
我が社は以下の技術には投資しません。
-開発とメンテナンスに外部の専門家を必要とするもの
-わが社のセキュリティ及びプライバシーの標準に合致しないもの
-規模の拡大が容易でないもの
投資方針:
我が社は以下の課題分野に投資します。
-海賊版への対策
-密輸や不法貿易への対策
-物流のサブスクリプションサービス
-環境対応のグリーンな物流
-個人間物流
我が社は以下のビジネスモデルに投資します。
-サブスクリプション型の収益源に基づくもの
-より優れたカスタマーサービスに寄与する形で我が社の保有するデータが利益につながるもの
我が社は以下の技術に投資します。
-最低限の投資だけで規模拡大できるもの
-我が社のセキュリティ及びプライバシーの標準に合致するもの
-より早くより効率的な配送を可能にするもの
-我が社のカーボン排出を削減あるいはゼロにするのに役立つもの

ハッカソン、アイデアコンテスト、アイデア創造セッション、CVC(スタートアップ投資)、事業提携などに適用することで、イノベーション投資方針は自社の重要なリソースが自社にとって重要でない取り組みに無駄に利用されることを防ぎます。


いかがでしたでしょうか。弊社では、ダン・トマ氏が欧州企業向けに導入支援を進めているイノベーション・システムを日本企業にも普及させるべく活動しております。ご興味の方は是非お問い合わせください。

次回のブログは「テーマに基づく投資か、投資方針に基づく投資か(“THESIS-BASED INVESTMENT OR THEME-BASED
INVESTMENT”)」という、CVCなど企業がスタートアップ投資を進める際の目的や目標を事前に明確化したうえで実際の投資を実行することの重要性についてのお話です。

WRITER

株式会社マキシマイズ代表取締役
渡邊 哲(わたなべ さとる)
株式会社マキシマイズ代表取締役
Japan Society of Norithern California日本事務所代表
早稲田大学 非常勤講師

東京大学工学部卒。米国Yale大学院修了。海外の有力ITやイノベーション手法の日本導入を専門とする。特に海外ベンチャー企業と日本の大手企業や団体との連携による新規事業創出に強みを持つ。三菱商事、シリコンバレーでのベンチャー投資業務等を経て現職。ビジネスモデル・ナビゲーター手法の啓蒙活動をはじめ、日本のイノベーションを促進するための各種事業を展開中。
「アントレプレナーの教科書」「ビジネスモデル・ナビゲーター」「イノベーションの攻略書」「DXナビゲーター」「イノベーション・アカウンティング」を共訳/監訳。

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