適切なイノベーションポートフォリオの構築("Building the Right Innovation Portfolio")
みなさんこんにちは。マキシマイズの渡邊です。今回も書籍『イノベーションの攻略書(原題:The Corporate Startup)』、『イノベーション・アカウンティング(原題:The Innovation Accounting)』の著者であるダントマ氏のブログ記事をご紹介します。
今回は、「適切なイノベーションポートフォリオの構築("Building the Right Innovation Portfolio")」という、イノベーション投資のリソース配分についてのお話です。では本文をお楽しみください。
適切なイノベーションポートフォリオの構築("Building the Right Innovation Portfolio")
2024年11月19日
ダン・トマ氏
適切なイノベーションポートフォリオの構築
(ダン・トマ氏が"OUTCOME社ウェブサイト"に掲載したブログ記事を、本人の許可を得て翻訳、掲載しています)

要点
グーグルなどが普及させた「既存事業:周辺領域:新規挑戦=7:2:1」というイノベーション投資配分ルールは、決してすべての企業に当てはまる万能の指針ではない。企業各社は、この配分比率をそのまま採用するのではなく、市場状況、財務状況、競合状況、戦略目標といった個々の要因に基づいて、自社のイノベーション・ポートフォリオを適切にカスタマイズする必要がある。
イノベーションの世界に長く携わってきた方であれば、イノベーションのポートフォリオ管理における「7:2:1」という「黄金律」をご存知かもしれない。具体的には、企業のリソースの70%を既存事業に関連する中核的イノベーションに、20%を周辺領域の隣接的イノベーションに、そして10%を新規領域の破壊的イノベーションまたは急進的イノベーションに投入すべきだというものだ。
歴史的に見ると、この概念は2000年代初頭に、当時グーグル社のCEOであったエリック・シュミット氏によって初めて提唱された。しかし、本格的に広く知られるようになったのは、2014年にエリック・シュミット氏とジョナサン・ローゼンバーグ氏が著した『How Google Works(邦題:How Google Works ― 私たちの働き方とマネジメント/日本経済新聞出版)』の出版以降である。同書において両氏は、従業員が「中核」「隣接」「変革」という三つの種類のプロジェクトに時間を配分できるように時間を与えることで、グーグルのイノベーション文化がどのように育まれたかを詳細に解説している。また、このモデルこそがグーグルのバランスの取れた成長と成功を支えた重要な要因であると述べている。
さらに、ハーバード・ビジネス・レビューをはじめとするビジネス誌においても、長年にわたりこの70-20-10モデルが繰り返し取り上げられ、グーグルにおける実践例がケーススタディとして頻繁に紹介されてきた。こうした蓄積により、同モデルはイノベーション・ポートフォリオ管理およびリソース配分のフレームワークとして、広く定着するに至った。
しかし現実には、この70-20-10という比率を絶対的なものとして機械的に当てはめようとすると、多くの企業では実務上の運用が立ちゆかず、むしろ財務実績、職場環境、さらには投資家との関係にまで悪影響を及ぼすことが明らかになっている。言うまでもなく、現在の事業環境は2010年代とは大きく異なり、そもそも多くの企業はグーグルのような前提条件を備えていないためである。
では、70-20-10が理想的なポートフォリオや投資配分ではないとするならば、リーダーは自社にとって最適な組み合わせをいかにして見極めるべきなのか。
適切なポートフォリオ構成を導き出すためには、リーダーは次の領域を検討する必要がある。
企業視点
A. 企業戦略と戦略的意図:企業の戦略と戦略的な狙いは、適切な投資構成を決定する上で中心的な要素である。企業の戦略的重点が中核事業の最適化に置かれている場合――それが今後のIPOに向けた体制強化であれ、ステークホルダーに対する特定の約束の履行であれ――投資配分は70-20-10の比率とは大きく異なるものになる可能性が高い。このような状況では、即効性を優先する観点から隣接領域や変革的イノベーションよりも中核事業の強化に重点が置かれ、結果として安定性と業績を重視する保守的なアプローチが推進される。一方、破壊的イノベーションの脅威に直面している企業の場合には、変革的イノベーションの追求に比重を置いた投資構成が選択される可能性がある。
2010年代初頭のIPO前のフェイスブック社を例に挙げることができる。同社の戦略的意図は明確にIPOに置かれており、そのため2012年の上場に至るまでの数年間、同社はコアとなるソーシャルネットワーキング・プラットフォームの改良、ユーザーエクスペリエンスの向上、そしてユーザーベースの拡大にリソースを集中的に投下していた。同社における当時の主要なイノベーションは、以下の二点に収れんしていた。
① コアユーザーベースの拡大とエンゲージメント強化:フェイスブックは、プラットフォームの機能向上に多額の投資を行い、特にニュースフィードの改良はその後のサービスを特徴づける要素となった。また、ユーザーの利用時間を伸ばすため、モバイル体験の最適化にも積極的に取り組んでいた。
② コア製品の収益化:フェイスブックは、コアプラットフォーム内でのターゲティング広告に重点を置いた広告モデルを構築し、これが同社収益の大部分を占めるに至った。ソーシャル広告やスポンサードストーリーといった取り組みも試行されたが、それらはあくまで中核のソーシャルメディア事業と密接に結びついた範囲で展開されていた。
変革的イノベーションへの本格的な投資が始まったのはIPO以降であり、バーチャルリアリティ領域への進出(オキュラス社の買収)や、ワッツアップやインスタグラムといった追加プラットフォームの開発・拡大などがその代表例である。
B. 企業のバランスシートの健全性:企業のバランスシートの健全性は、投資戦略を考えるうえで欠かせないポイントである。資金繰りが厳しい企業や利益率が低い企業は、高リスクのベンチャーに踏み出す余裕がなく、どうしても慎重な判断を求められる。こうした状況では、投資の中心は中核領域のイノベーションとなり、必要に応じて隣接領域への投資が検討される程度にとどまることが多い。
一方で、変革的イノベーションは、資金面の制約が大きい企業にとってはリスクもコストも重く、バランスシートの安定性を揺るがしかねないため、実行が難しいのが実情である。その結果、企業は高コストかつ不確実性の高い取り組みに挑むよりも、既存事業の強化と財務の安定確保を優先する、より保守的なアプローチを選びやすくなる。
かつてスマートフォン業界を代表する存在であったブラックベリーは、市場が進化するにつれ、アップルやアンドロイドとの競争が次第に厳しくなっていった。収益の減少と利益率の低下により財務基盤が弱まり、同社は高コストかつ高リスクのイノベーションに踏み切る余力を失い、結果として主力であるスマートフォン製品の改良に注力せざるを得なくなった。当時の取り組みは、主に物理キーボードやセキュリティ機能といった強みを活かした段階的な改善であり、既存の法人ユーザー層の維持を目的としたものであった。
また、変革的プロジェクトに投資するだけの余力がなかったため、ブラックベリーは新たなOSの開発や革新的なデバイス形状の創出といった大きな勝負に打って出ることはなかった。一方で、エンタープライズソフトウェアやセキュリティソリューションといった、従来から強みを持つ領域と親和性が高く、比較的リスクの低い隣接分野への展開を控えめに進めていった。しかし財務面のプレッシャーが高まる中で、最終的に同社はスマートフォン市場から完全に撤退し、よりリスクの低いエンタープライズソフトウェア事業へと軸足を移すことになった。
C. 企業のリスク選好度と企業文化:企業のリスク選好度は、戦略的な意図と密接に結びついていると同時に、その企業が持つ文化を強く反映する傾向がある。リスクを避ける文化が根づいている組織では、中核事業以外の領域に投資することが難しくなりがちである。市場から積極的なリスクテイクを求められていない場合、こうした企業は通常、隣接領域や変革的イノベーションの探索には慎重になり、むしろ既存事業の安定を維持することに重点を置くようになる。
2000年代初頭、IBM社はリスク回避的な企業文化を強めており、サーバー、メインフレーム、エンタープライズITサービスといった中核事業における漸進的な改善に重点を置いていた。テクノロジー業界が大きく変化していく中にあっても、同社は高リスクの革新的な技術に踏み込むのではなく、既存の顧客基盤を維持するために中核事業の最適化を優先していた。こうした慎重な姿勢は、アマゾンやグーグルが積極的に取り組んでいたクラウドコンピューティングといった新興分野への投資を後回しにする結果となった。
隣接領域や変革的なイノベーションに対する消極姿勢は、業界構造の変化が進む中で、IBMを競争上不利な立場へと追いやった。クラウド技術の重要性を認識した時点では、すでに競合他社が大きな先行者優位を築いていたのである。リスク回避的な文化のもとで中核的なイノベーションに注力していたことが適応スピードを鈍らせ、後追いで取り組んだものの、急速に変化する市場環境の中で地位の回復にはかなり苦戦した。
市場環境および競争環境視点
A. 競争環境と市場力学:市場の構造や動きは、企業の投資ミックスを左右する大きな要因である。破壊的イノベーションのリスクが高く、参入障壁が低い市場では、競争力を維持するために、隣接領域での取り組みや変革的な取り組みなど、既存の中核事業領域の外側でのイノベーションへの投資を優先する必要がある。一方で、破壊的な変化が起きにくく、参入自体が難しい市場では、企業はより保守的なアプローチを取ることができ、中核事業領域のイノベーションに注力することで安定性と持続的な成長を確保しやすくなる。
航空機シート業界は、市場のダイナミクスが企業のポートフォリオ・アプローチにどのように影響するかを示す好例である。航空機シートは厳格な安全規制の対象となり、広範な認証プロセスが必要であるうえ、航空会社との関係構築も複雑である。このため、同市場で競争できる企業は、実質的にSafran Seats社、Recaro Aircraft Seating社、Collins Aerospace社といった限られたプレイヤーに絞られている。こうした市場構造により、新規参入や破壊的イノベーションによって市場が大きく変わる可能性は極めて低い。その結果、既存企業は変革的イノベーションに多額の投資を行う必要がなく、中核事業の漸進的な改良に重点を置く保守的な投資アプローチを採用することができる。このアプローチにより、企業は高リスクな領域に踏み込むことなく、既存の製品ラインを着実に強化していくことが可能となる。需要が比較的安定しており、市場ポジションも保証されていることから、航空機シートメーカーは材料の最適化、軽量化、快適性や人間工学に基づく設計といった中核事業領域に投資を集中させることができる。急進的な新技術の探索に振り回されることなく、顧客ニーズに確実に応えていくための改善に注力できるのである。高い参入障壁、規制上の厳しい制約、そして低い破壊リスクといった市場特性が、中核事業領域中心の保守的な投資戦略を後押しし、この安定したニッチ市場における既存企業の優位性をさらに強化している。
B. 企業が参入している市場の種類:企業が事業を展開している市場の性質は、イノベーション・ポートフォリオの組み方に大きな影響を与える。成長市場では、中核事業の改善だけでも大きな業績向上につながるため、企業が隣接事業領域や変革的イノベーションへ大規模に投資する必要性は相対的に低くなる。一方、水平展開の余地が限られている成熟市場や停滞市場では、新たな収益源を確保し成長機会をつくり出すために、隣接事業領域や変革的イノベーションに目を向けることが求められる。
例えば、グリーンエネルギー分野の太陽光発電事業者やバッテリーメーカーは、効率を高めたり生産コストを下げたりする技術に投資することで、急速な成長を実現できる可能性がある。市場自体が拡大している局面では、中核事業のイノベーションだけでも十分な成長機会が得られるため、こうした企業が隣接事業領域や変革的プロジェクトに積極的にリソースを割く必要性は比較的低い。むしろ、中核事業のパフォーマンス向上がそのまま競争力や収益性の向上につながるため、企業にとっての投資判断も自然と中核事業領域に集中しやすくなる。
一方、通信業界のように事業者の統合が進んだ成熟市場にある企業は、別の種類の課題に直面している。市場が飽和し、水平方向の展開余地が限られているため、通信会社は中核事業の外部に新たな成長機会を模索する必要に迫られることが多い。例えば、既存の技術基盤や運用能力を生かしながら新たなアプリケーションや顧客層に対応できる事業領域として、通信事業者が5Gを活用したスマートシティやデジタルヘルスサービスといった隣接市場の開拓をすることが考えられる。さらに、AIで高度化されたネットワークや仮想現実プラットフォームへの投資など、変革的イノベーションはまったく新しい収益源を生み出す可能性を持つ。成熟市場では、中核事業の改善だけでは収益性が徐々に低下しやすいため、企業は競争力を維持し新たな成長軌道を描くために、隣接事業領域や変革的な事業分野へと視野を広げる必要に迫られるのである。
まとめ
リソース配分や標準的なポートフォリオマップに関しては、イノベーション主導の成長を目指す企業のための万能的なアプローチや黄金比といったものは存在しない。企業各社は、自社の置かれた状況、市場の動向、そして成長目標に応じて、最適なアプローチを自ら設計していく必要がある。グーグルや自社の競合企業に有効だった方法が、他の企業にもそのまま当てはまるとは限らない。たとえば、「既存事業:周辺領域:新規挑戦=7:2:1」という70-20-10モデルの投資配分は特定の企業には適していても、すべてのビジネスに普遍的に適用できるものではないのだ。
70-20-10モデルは、あくまで参考となるガイドラインであり、絶対的に追求すべき目標というよりも、イノベーションの全領域に適切に投資できているかを確認するための一つの指針として捉えることが望ましい。市場の需要や社内の能力によって投資バランスが変化することはあるが、企業は常に中核的イノベーション、隣接イノベーション、変革的イノベーションのそれぞれに一定のリソースを配分しておく必要がある。自社の状況に即したバランスの取れた投資アプローチをとることで、企業はレジリエンス(回復力)、柔軟性、将来の事業機会や課題への適応力を確保することができる。
イノベーション会計・ポートフォリオ管理プラットフォームであるSATORIは、中核的イノベーション、隣接イノベーション、そして変革的イノベーションへの投資がどのように配分されているかを追跡するのに役立ちます。すべてのイノベーション領域における予算の配分と使用状況を、明確に把握できます。
本ブログ記事は、もともとCorporate Startupのブログに掲載されたものです。
いかがでしたでしょうか。弊社では、ダン・トマ氏が欧州企業向けに導入支援を進めているイノベーション・システムを日本企業にも普及させるべく活動しております。ご興味の方は是非お問い合わせください
次回のブログは「破壊的イノベーションはなぜ現実的なビジネス戦略になりにくいのか。そして、その代替策は何か("Why Disruptive Innovation Is A Bad Business Idea. And What Can You Do Instead")」という、破壊的イノベーションより、既存の強みを活かせる隣接イノベーションが最も実行しやすく成果につながるのではないか、というダン・トマ氏の提言についてのお話です。
WRITER

- 渡邊 哲(わたなべ さとる)
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株式会社マキシマイズ シニアパートナー
Japan Society of Norithern California日本事務所代表
早稲田大学 非常勤講師
東京大学工学部卒。米国Yale大学院修了。海外の有力ITやイノベーション手法の日本導入を専門とする。特に海外ベンチャー企業と日本の大手企業や団体との連携による新規事業創出に強みを持つ。三菱商事、シリコンバレーでのベンチャー投資業務等を経て現職。ビジネスモデル・ナビゲーター手法の啓蒙活動をはじめ、日本のイノベーションを促進するための各種事業を展開中。
「アントレプレナーの教科書」「ビジネスモデル・ナビゲーター」「イノベーションの攻略書」「DXナビゲーター」「イノベーション・アカウンティング」を共訳/監訳。



