イノベーションを起こしたいなら、まずは数値計画から始めましょう(“WANT TO INNOVATE? START WITH A BUSINESS CASE”)
みなさんこんにちは。マキシマイズ代表の渡邊です。
今回も書籍『イノベーションの攻略書(原題:The Corporate Startup)』著者ダン・トマ氏の最新書籍『The Innovation Accounting』に関するブログ記事をご紹介します。
同書の日本語版『イノベーション・アカウンティング』を2022年10月5日に発売開始しました。
今回は、「イノベーションを起こしたいなら、まずは数値計画から始めましょう(“WANT TO INNOVATE? START WITH A BUSINESS CASE”)」という、事業アイデアの潜在的な定量インパクトを推定する方法についてのお話です。では本文をお楽しみください。
「イノベーションを起こしたいなら、まずは数値計画から始めましょう(“WANT TO INNOVATE? START WITH A BUSINESS CASE”)」
~モンテカルロ・シミュレーションを使って事業の成功イメージを数字で表現する~
2023年2月22日 ダン・トマ氏
イノベーションを起こしたいなら、まずは数値計画から始めましょう
(ダン・トマ氏が“OUTCOME社ウェブサイト”に掲載したブログ記事を、本人の許可を得て翻訳、掲載しています)
社内起業家に数値計画や収支予測を早い段階で作成するように依頼することは無意味だ。あるいは少なくとも、それが過去何年もの間、イノベーションコミュニティが企業のリーダーたちを説得しようとしてきたことである。このトピックに関して数えきれないほどの記事が書かれ、イノベーションチームに事前に数値計画を作成するように依頼するのは最悪のことだ、と企業のリーダーを説得するべく数限りないソーシャルメディアの投稿がなされてきた。
もしかすると、その考え方を改めて見つめなおし、その考えを拒否するのでなく、改善するよう努力してみる時期かもしれない。相手が間違っていると説得するかわりに、同じ土俵に立てないか考えてみるのだ。
端的に言えば、数値計画への憤りの根本原因は、ある一時点での推定は誤解を招くミスリーディングなものであることが多いという事実にある。そして、ある時点の推定結果が現実になることは、実際にほとんどない。このことから、イノベーションコミュニティは、イノベーションチームが進むべき第一歩として、ビジネスモデルキャンバスの想定項目を優先順位付けすることを提案してきた。
しかし、幹部陣とイノベーションチームの双方が満足できる方法がある。その方法で、リーダーは事業アイデアの潜在的な事業インパクトの推定時を早期に得られ、イノベーションチームは何を実験する必要があるかについて明確に可視化できるのだ。
モンテカルロ法で推計しよう。
最近、物流業界の企業向けに仕事をする機会があった。我々の支援範囲は、多数のイノベーションチームを支援して、事業アイデアをいわゆるゼロからイチに持っていくことであった。言い方を変えると、各チームの事業アイデアを実証し、世に出すための方法をコーチングすることだ。
このようなプロジェクトは我々にとって初めての話ではなく、これまでも様々な業種の他のクライアント企業向けに同様の支援を何度も行ってきた。しかし、今回は異なるやり方で進めたいと考えていた。想定事項の優先順位付けから始める代わりに、各事業アイデアについてモンテカルロ法に基づく財務数字の予測から始めたのだ。この方法を使用した主な理由は、選定された各チームの事業アイデアが成功した場合にどのようになるのかについてのイメージを早い段階で幹部層に示したかったからだ。
すなわち過去に何百回と繰り返された古いやり方で、お決まりのコースのコーチングをする(つまり、想定とは何かを説明し、事業アイデアのビジネスモデルにおいて想定が果たす役割を説明し、最後に各チーム自身の想定を優先順位付けする)代わりに、各チームの事業アイデアが実現し得る事業インパクトのモンテカルロ・シミュレーションから始めたのだ。
この記事が過度に技術的になりすぎないよう、モンテカルロ・シミュレーションの仕組みの詳細についてはここでは割愛したい。しかし、是非右側ボックスの記載を参照していただきたい。
事業アイデアのモンテカルロシミュレーション実施手順
ステップ1:自分たちの事業アイデアの成功方程式を作成する
モンテカルロ法で数値計画を作成するためには、まずはじめに自分たちの事業アイデアの成功方程式を作成する必要がある。成功方程式とは、自分たちの事業アイデアの成功を数値モデル化したものだ(例:利益、売上、削減したCO2の重量(kg)、短縮した時間、削減したコスト、等々)。
いかなる事業アイデアの成功方程式も、変数(例:時間、価格、市場規模、コンバージョン率、等)と演算(例:掛け算、足し算、引き算、等)で構成される。
ステップ2:変数の境界値を入力する
モンテカルロ法では、すべての変数について上限値(その変数の最良ケース)と下限値(その変数の最悪ケース)を入力する必要がある。
ステップ3:各シナリオの数値計算を実行し、ヒストグラムを読む
モンテカルロ法のアルゴリズムでは、自分たちの事業アイデアの成功がどのような絵姿になるかをヒストグラムとして表現するために、入力された変数を使って何万通りもの異なるシナリオを計算する。
ここでは、この新たなアプローチのメリットについて古いやり方に比べて何が良かったかを述べておきたい。
まずは、最初の段階でチームと幹部層が各事業アイデアの成功イメージのスナップショットを手にできたというメリットがある。これは期待値の管理という意味で非常に有用で、それに加えて事業インパクトの小さい事業アイデアを除外することにも役立った。
二つ目に、自分たちが事実情報を把握できていないのはどの部分か一目でわかる、という点がチームにとって有用だった。そして、知識獲得という観点から、実験や探索へのリソース投資が必要なのはどの部分かがわかった。上限値(最良ケース)と下限値(最悪ケース)の差異が最も大きい変数こそが、データや知識の量が最も不足している事項である。このような変数が、実験の主要な対象となった。さらに言えば、チームは自分たちの事業アイデアに関して複数シナリオのシミュレーションを実施することもできた。これらのシミュレーションを通じて、どの変数がチームの事業アイデアの成否に最も大きな影響を及ぼすかを理解するのに役立った。基本的に、影響度という観点から何に注力すべきかが明確になるのだ。
最後に、モンテカルロ財務シミュレーションによって、チームが様々なビジネスモデルのオプションを検討できた点も有用だった。事業の成果という観点から最も見込みがあるのはどのオプションかを、各チームが見ることができるようになったのだ。基本的には、ビジネスモデルのA/Bテストを早い段階で実施し、深堀するのに値するビジネスモデルのオプションはどれかを知ることができるということだ。例えば、「一括購入」が良いか「サブスクリプションモデル」の方が良いか?オペレーションはアウトソースしたほうが良いか、内製が良いか?販売チャネルは、直販が良いか代理店網を使った方が良いか?といった選択肢の検討ができた。
この案件を通じて私たちが得た最大の学びは、イノベーションプロジェクトを財務的な推定から始めても、イノベーションプロセスの妨げに全くならないことだ。逆に、このアプローチを取り入れることでイノベーションプロセスに現実的な要素が追加される。そして、社内のイノベーション思考の人たちと財務思考の人たちのギャップを橋渡ししてくれるのだ。
私が思うには、これまで何年もにわたって、イノベーションコミュニティの人たちは「どのように」改善するかに注力せずに、「何を」するかを批判することに時間をかけすぎたのかもしれない。
ご参考までに、モンテカルロ法の推計に関して、私たちはDanがPeter LePianeと開発した「Estimatic」を使っている。
いかがでしたでしょうか。弊社では、ダン・トマ氏が欧州企業向けに導入支援を進めているイノベーション・システムを日本企業にも普及させるべく活動しております。ご興味の方は是非お問い合わせください。
次回のブログは「イノベーション会計を導入するために企業に必要とされる3つの事項(“THREE THINGS YOUR COMPANY NEEDS TO HAVE IN PLACE TO IMPLEMENT INNOVATION ACCOUNTING”)」という、イノベーション会計を導入する前に企業が実施すべきイノベーションの取り組みについてのお話です。
WRITER
- 渡邊 哲(わたなべ さとる)
- 株式会社マキシマイズ代表取締役
Japan Society of Norithern California日本事務所代表
早稲田大学 非常勤講師
東京大学工学部卒。米国Yale大学院修了。海外の有力ITやイノベーション手法の日本導入を専門とする。特に海外ベンチャー企業と日本の大手企業や団体との連携による新規事業創出に強みを持つ。三菱商事、シリコンバレーでのベンチャー投資業務等を経て現職。ビジネスモデル・ナビゲーター手法の啓蒙活動をはじめ、日本のイノベーションを促進するための各種事業を展開中。
「アントレプレナーの教科書」「ビジネスモデル・ナビゲーター」「イノベーションの攻略書」「DXナビゲーター」「イノベーション・アカウンティング」を共訳/監訳。