テーマに基づく投資か、投資方針に基づく投資か(“THESIS-BASED INVESTMENT OR THEME-BASED INVESTMENT”)
みなさんこんにちは。マキシマイズ代表の渡邊です。
今回も書籍『イノベーションの攻略書(原題:The Corporate Startup)』著者ダン・トマ氏の最新書籍『The Innovation Accounting』に関するブログ記事をご紹介します。
同書の日本語版『イノベーション・アカウンティング』を2022年10月5日に発売開始しました。
今回は、「テーマに基づく投資か、投資方針に基づく投資か(“THESIS-BASED INVESTMENT OR THEME-BASED INVESTMENT ”)」という、CVCなど企業がスタートアップ投資を進める際の目的や目標を事前に明確化したうえで実際の投資を実行することの重要性についてのお話です。では本文をお楽しみください。
「テーマに基づく投資か、投資方針に基づく投資か(“THESIS-BASED INVESTMENT OR THEME-BASED INVESTMENT ”)」
2023年6月23日 ダン・トマ氏
テーマに基づく投資か、投資方針に基づく投資か
(ダン・トマ氏が“OUTCOME社ウェブサイト”に掲載したブログ記事を、本人の許可を得て翻訳、掲載しています)
企業がイノベーションに基づく成長を目指す際に陥る最悪の過ちの一つが、「ディスラプションを起こす可能性のあるクールなテクノロジーである」とか「経営トップ層の肝いり案件だから」という以外の理由もなく、訳も分からず様々な投資案件に自社の資金を浪費することだ。
確かに、こんなことは世の中でも最も明白な、避けるべき過ちに聞こえるかもしれないが、我々の経験上、業界を問わず、このような過ちを何度も目にしているのだ。
ベンチャーキャピタルの投資家は、ランダムな投資をするのを防ぐために、あらかじめ投資方針を定めて投資を実施している。これは企業が取り入れるべき健全な手法だ。イノベーション投資方針のコンセプトについては、いくつかの賞を受賞した我々の書籍「イノベーションの攻略書(翔泳社2019年、原著“The Corporate Startup book”)」で紹介している。基本的には、企業が意図的に投資の意思決定をするために役立つ文書である。
しかし、イノベーション投資方針に基づく投資に対しては、一定の批判もある。批判の多くは「機会を逸することに対する恐怖(FOMO:Fear of missing out)」と呼べるもので、イノベーション投資方針があまりに硬直的な場合にこのような批判が起きがちだ。例えば、オープンイノベーションの部隊で、利益は第2で、第1の優先事項が学習である場合には、投資を通じて探索を進めたいイノベーションのテーマをリストアップしてもよい。
イノベーションのテーマは、イノベーション投資方針よりも幅が広く、特定のケースで必要とされる柔軟性を持つ。
本ブログ記事のポイント
> 企業には、意図的な行動を指示するための、イノベーション投資の明確な方向性が必要である。
> イノベーション投資方針は、あまりに硬直すぎるため、オープンイノベーションなど一部ののベーション施策にはうまく機能しない可能性がある。
> イノベーションのテーマは、全社の全般的なイノベーションの方向性を定め、全社規模での結束を生み出す優れた方法である。
> イノベーション投資方針は、イノベーションテーマに比べて高頻度で更新するべきであるが、いずれにしても双方とも定常的に更新を行う必要がある。
> テーマに基づく投資:幅広い/イノベーションテーマは作成、利用が容易である/探索用途に適している/財務インパクトよりも学習に重きを置く場合に適したイノベーションツールである/通常はオープンイノベーションにより適している
> 投資方針に基づく投資:焦点を絞る/イノベーション投資方針は作成、利用がより複雑である/ROIに焦点を当てた戦略投資に適している/通常は社内のイノベーション投資により適している
しかし、イノベーションのテーマも、すべての施策を同じ方向に合わせることで、企業に自律性をもたらす効果はある。言い方を変えると、テーマに基づく投資とは、自社に適切な大テーマをいくつか特定し、様々な(投資)手段を通じてそれらの大テーマを探索することを意味する。
例:
よりよく理解するために、例を使って説明したい。例えば、ある銀行が特にブロックチェーンに関するイノベーション投資に興味があるとする。「ブロックチェーン」は、幅広いトピックであり、それだけを使ってイノベーション投資のフィルターとしても実際にはあまり役に立たないため、その銀行は単に「ブロックチェーン」というだけでなく、もっと具体的である必要があるとの結論に達した。
そこで、その銀行は「財務資産のトークン化」と「非財務資産のトークン化」と呼ぶ2つのイノベーション投資方針を作成した。これでも幅広いと感じるかもしれないが、「ブロックチェーン」よりも具体化されている。これであれば、例えばこれらのテーマに基づく様々なスタートアップに対するアクセラレーター・プログラムを実行できる。あるいは、これらのテーマに基づく共同研究を大学とはじめることもできる。
しかし、その銀行にはいくつかのイノベーション手段があり、単に上記2つのテーマだけでは社内のイノベーション部門や、M&Aチームや、CVC組織にとっては、曖昧過ぎるかもしれない。そこで、その銀行はイノベーション投資方針を作成した。イノベーション投資方針には、2つのイノベーションテーマ(「財務資産のトークン化」と「非財務資産のトークン化」)をより絞った形で記載される。例えば、「モーゲージのトークン化」、「遺書のトークン化」、「貴金属のトークン化」、などである。そうすれば、社内のイノベーション部門は、これらのテーマで示されたトピックに関連するアイデアにだけ投資を行うようになる。
その銀行のアクセラレーター・プログラムでは、「資産のトークン化(財務資産あるいは非財務資産)」に携わるスタートアップを幅広く受け入れるかもしれない。しかし、社内のイノベーション部門は、「モーゲージのトークン化」、「遺書のトークン化」、「貴金属のトークン化」に関するアイデア具体化のためにのみ、追加投資を行うのだ。
投資方針とテーマの有用性を維持するためには、実施した投資の結果として、市場、各種動向、技術、さらには顧客の行動に関する新たな情報がもたらされたら、それをもとに投資方針とテーマを定常的に更新しなければならないことを肝に銘じてほしい。
しかしながら、更新の頻度は異なる。通常はテーマは変更するために時間を要し、2~5年に1回の頻度でテーマの優先度の見直しを行うべきである。それに対して、より戦術的な性質を持つ投資方針は、6~18カ月に1回の頻度で見直すべきである。
お分かりの通り、投資方針はテーマの代替でなく、どちらが優れているというわけでもない。位置づけを整理したければ、イノベーション投資方針はイノベーションテーマをより研ぎ澄ました明示である言うこともできるが、企業のイノベーション投資の効率と自律性を向上させるためには双方が必要である。これらのツールは同じコインの裏表とも言える。企業のリーダーは、投資から期待する成果や、これらのツールを適用する投資手段に合わせて、適切なツールを選択して利用する必要がある。
投資方針とテーマを道具箱に入っている道具のセットと考えるとよい。ねじ回しのドライバーが優れているか、プライヤーが優れているかではなく、自分のやりたいことに合わせて適切なツールを使うのだ。重要なのは、両方を道具箱に用意しておき、いつ、どちらを使えばよいかを理解することだ。
いかがでしたでしょうか。弊社では、ダン・トマ氏が欧州企業向けに導入支援を進めているイノベーション・システムを日本企業にも普及させるべく活動しております。ご興味の方は是非お問い合わせください。
次回からは、ビジネスモデル・ナビゲーターの開発元であるBMI Lab社のビジネスモデル・イノベーションに関するブログ記事をご紹介します。
WRITER
- 渡邊 哲(わたなべ さとる)
- 株式会社マキシマイズ代表取締役
Japan Society of Norithern California日本事務所代表
早稲田大学 非常勤講師
東京大学工学部卒。米国Yale大学院修了。海外の有力ITやイノベーション手法の日本導入を専門とする。特に海外ベンチャー企業と日本の大手企業や団体との連携による新規事業創出に強みを持つ。三菱商事、シリコンバレーでのベンチャー投資業務等を経て現職。ビジネスモデル・ナビゲーター手法の啓蒙活動をはじめ、日本のイノベーションを促進するための各種事業を展開中。
「アントレプレナーの教科書」「ビジネスモデル・ナビゲーター」「イノベーションの攻略書」「DXナビゲーター」「イノベーション・アカウンティング」を共訳/監訳。