ビジネスモデル・イノベーション入門編 - パート1:ビジネスモデルとは何か?("Business Model Innovation Basics Series - Part 1: What is a Business Model?")
みなさんこんにちは。マキシマイズの渡邊です。今回も、既存事業を持つ大企業がシリコンバレーのスタートアップに負けない画期的な新規事業を創造するために、インダストリー4.0の一環としてスイスで開発された手法である『ビジネスモデル・ナビゲーター』開発元BMI Lab社のブログを皆さんにご紹介します(※BMIとはBusiness Model Innovation:ビジネスモデル・イノベーションの略です)。
今回のブログは「ビジネスモデル・イノベーション入門編 - パート1:ビジネスモデルとは何か?("Business Model Innovation Basics Series - Part 1: What is a Business Model?")」という、ビジネスモデルの定義についてのお話しです。では本文をお楽しみください。
ビジネスモデル・イノベーション入門編 - パート1:ビジネスモデルとは何か?("Business Model Innovation Basics Series - Part 1: What is a Business Model?")
2022年6月29日
ビジネスモデル・イノベーション入門編 - パート1:ビジネスモデルとは何か?(BMI Lab社ウェブサイトのブログ記事を、同社の許可を得て翻訳、掲載しています)
ビジネスモデルの4軸(マジックトライアングル)の紹介
営利目的の組織には必ずビジネスモデルがあり、その一貫性、将来性、そして基本的なロジックが、組織全体の成功に大きく影響を与える。しかし、自社のビジネスモデルを即座に説明できるマネージャーはほとんどおらず、そもそもビジネスモデルとは何かを明確に定義できるマネージャーはさらに少ない。さらに、専任のビジネスモデル・イノベーション部門やプロセスを確立している企業は、さらに限られている。このテーマの重要性を考えれば、企業における制度設計の遅れは驚くべきことだが、一方で、このテーマが持つ複雑さと曖昧さを考えれば、当然のことかもしれない。
その理由の一つとして、様々な学者やビジネス専門家が「ビジネスモデル」という概念について異なる定義を提唱していることがあるかもしれない。1994年、ピーター・ドラッカーはビジネスモデルを「企業の仕組みを説明するストーリー」と定義し、彼のビジネス理論における長年の問いである「顧客とは誰か? 顧客は何を重視しているのか? このビジネスでどのように利益を上げるのか? 適切なコストで顧客に価値を提供するための根本的な経済論理とは何か?」に答えるものだとした(Magretta, 2002年)。アレックス・オスターワルダーは、ビジネスモデルを「一連の仮定または仮説」と定義し、マイケル・ルイスは「結局のところ、それが意味するのは、どうやって利益を上げるかを計画することだ」と主張している(Ovans, 2015年)。
ビジネスモデルとは本質的に、価値の創造と価値の獲得という2つの観点から企業の基本的なロジックを説明するものである。ここで、価値の創造とは、企業がどのような価値を生み出すかを示し、一方で価値の獲得は、提供した価値から企業がどのように収益を得るのかを示す。ビジネスモデルをより包括的かつシンプルに説明する方法として、「ビジネスモデルの4軸(マジック・トライアングル)」がある。ビジネスモデルの4軸は、WHO(誰に)、WHAT(何を)、HOW(どのように)、VALUE(価値の収益化)という4つの基本要素で構成される。
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WHO
– すべてのビジネスモデルは、特定の顧客グループを対象としている(Chesbrough & Rosenbloom, 2002年; Hamel, 2000年)。したがって、ビジネスモデルは「顧客は誰か?」という問いに答える必要がある(Magretta, 2002年)。また、Morrisら(2005年)の「市場を適切に定義できないことが、ベンチャーの失敗に関わる重要な要因である」という主張を踏まえ、ターゲット顧客の定義は、新しいビジネスモデルを設計する上で中心的な要素の一つであると我々は考えている。
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WHAT
– 2つ目の次元は、対象顧客に提供するもの、言い換えると、顧客が価値を感じるものを指す。この概念は、一般的に顧客価値提案(Customer Value Proposition)(Johnson et al., 2008年)と呼ばれ、あるいは、より簡潔に価値提案(Value Proposition)(Teece, 2010年)と呼ばれている。これは、企業が提供する「顧客にとって価値のある一連の製品やサービスを包括的に捉えたもの」として定義される(Osterwalder, 2004年)。
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HOW
– 価値提案を構築し、提供するために、企業はいくつかのプロセスや活動を習得する必要がある。これらのプロセスや活動に加え、関連するリソース(Hedman & Kalling, 2003年)やケイパビリティ(能力)(Morris et al., 2005年)、さらにそれらを企業の内部バリューチェーンで統合・調整することが、新しいビジネスモデルの設計における3つ目の次元の構成要素だ。
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VALUE
– 4つ目の次元は、ビジネスモデルが経済的に成り立つ理由を説明するものであり、収益モデルと密接に関係する。 本質的には、コスト構造や適用される収益メカニズムといった要素を統合し、企業にとって最も根本的な問い、すなわち「ビジネスでどのように利益を上げるのか」という課題に迫るのが4つ目の次元である。
イノベーションの文脈におけるビジネスモデル
イノベーションを区別する一般的な方法として、次の2つの特性に基づく分類がある:
- イノベーションの対象
- イノベーションの程度
イノベーションの対象による分類は、製品、プロセス、サービス、技術、ビジネスモデルのイノベーションに大別できる(Edwards-Schachter、2018)。ビジネスモデル・イノベーションは、既存のビジネスモデルの「ビジネスモデルの4つの要素(マジック・トライアングル)」のうち、少なくとも2つを意識的に変更することと定義できる。このように定義することで、ビジネスモデル・イノベーションを他の種類のイノベーションと区別できる。
ビジネスモデル・イノベーションのきっかけはさまざまである。一例として市場の飽和により成長の余地が限られ、新たなビジネスモデルの導入によって中核事業からの転換を余儀なくされることがある。それ以外に、新たな技術やトレンドの出現によって市場環境が変化することもある。その場合、変化に対して企業は受動的に対応せざるを得ないこともあれば、既存のビジネスモデルを変化に適応させ、能動的に変革を進めることもある。
イノベーションの程度に応じて、イノベーションは「進化的イノベーション」と「破壊的イノベーション」に分類される。進化的イノベーションとは、既存市場における主流の顧客ニーズに沿って、既存の能力や現在のビジネスモデルを活用しながら、既存製品の性能を段階的に向上させるものである(Christensen et al., 2015年)。一方、「急進的イノベーション」は進化的イノベーションと似ているが、その変革の幅がより大きく、包括的なものになる。急進的イノベーションにおいてしばしば主要な課題となるのが、既存のビジネスモデルの枠組みの中で新たな能力を獲得することだ。
破壊的イノベーションとは、既存の構造や市場を根本的に変革するイノベーションのことを指す(Pisano, 2015年)。これらは通常、ローエンド市場や既存の消費者層以外の層といったニッチ市場から始まる。既存顧客層と異なる顧客層にアプローチすることで、破壊的イノベーションは当初、既存の主流市場では劣勢だが、ターゲットとする市場ニッチでは優位に立つ。一般的に、破壊的イノベーションはより低コストで、よりシンプルで、より利便性が高い(Christensen et al., 2018年)。破壊的イノベーションの多くは、他業界の成功したパターンや技術を取り入れ、それらを組み合わせて新たなビジネスモデルのコンセプトを生み出すビジネスモデル・イノベーションに該当する。そのため、破壊的イノベーションには必ずしも根本的に新たな能力が求められるわけではないが、むしろビジネスモデルの変革や、既存業界の常識からの脱却が必要となる(Pisano, 2015年; Gassmann, 2020年)。
参考文献:
Chesbrough, H., & Rosenbloom, R.S. (2002). The role of the business model in capturing value from innovation: evidence from Xerox Corporation's technology spin-off companies. Industrial & Corporate Change, 11(3), 529-555.
Christensen C. M, Raynor, M. E., McDonald, R. (2015). What Is Disruptive Innovation? Havard Business Review.
Christensen, C. M., & Raynor, M. E. (2018). The Innovator’s Solution: Warum manche Unternehmen erfolgreicher wachsen als andere (M. Reiss, Übers.; 1. Aufl.). Vahlen, Franz.
Edwards-Schachter, M. (2018). The nature and variety of innovation. International Journal of Innovation Studies, 2(2), 65–79.
Gassmann, O., Frankenberger, K., & Choudury, M. (2020). Geschäftsmodelle entwickeln: 55 Innovative Konzepte mit dem St. Galler Business Model Navigator. Carl Hanser Veralag GmbH & Co. KG.
Hedman J., & Kalling, T. (2003). The business model concept: theoretical underpinnings and empirical illustrations. European Journal of Information Systems, 12(1), 49-59.
Johnson, M.W., Christensen, C.M., Kagermann, H. (2008). Reinventing Your Business Model. Harvard Business Review, 86(12), 50-59.
Magretta, J. (2002). Why business models matter. Harvard Business Review, 80(5), 86–92, 133. https://hbr.org/2002/05/why-business-models-matter
Morris, M., Schindehutte, M., Allen, J. (2005). The entrepreneur's business model: toward a unified perspective. Journal of Business Research, 58(6), 726-735
Ovans, A. (2015). What is a business model? Harvard Business Review. https://hbr.org/2015/01/what-is-a-business-model
Pisano, G. P. (2015). You need an innovation strategy. Harvard business review. https://hbr.org/2015/06/you-need-an-innovation-strategy
Teece, D.J. (2010). Business models, business strategy and innovation. Long Range Planning, 43(2-3), 172-194.
いかがでしたでしょうか。弊社では、ビジネスモデル・ナビゲーターを日本企業にも普及させるべく、ワークショップやプロジェクト支援など様々な支援サービスを提供しております。ご興味の方は是非お問い合わせください。
次回は、「ビジネスモデル・イノベーション入門編 - パート2:なぜビジネスモデル・イノベーションが重要なのか?("Business Model Innovation Basics Series - Part 2: Why Business Model Innovation Matters")」という、ビジネスモデル・イノベーションの重要性に関するブログ記事をご紹介予定です。
WRITER

- 渡邊 哲(わたなべ さとる)
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株式会社マキシマイズ シニアパートナー
Japan Society of Norithern California日本事務所代表
早稲田大学 非常勤講師
東京大学工学部卒。米国Yale大学院修了。海外の有力ITやイノベーション手法の日本導入を専門とする。特に海外ベンチャー企業と日本の大手企業や団体との連携による新規事業創出に強みを持つ。三菱商事、シリコンバレーでのベンチャー投資業務等を経て現職。ビジネスモデル・ナビゲーター手法の啓蒙活動をはじめ、日本のイノベーションを促進するための各種事業を展開中。
「アントレプレナーの教科書」「ビジネスモデル・ナビゲーター」「イノベーションの攻略書」「DXナビゲーター」「イノベーション・アカウンティング」を共訳/監訳。