買収する前に実証せよ

イノベーション

みなさんこんにちは。マキシマイズ代表の渡邊です。
今回も書籍『イノベーションの攻略書(原題:The Corporate Startup)』著者ダン・トマ氏のブログをご紹介します。

今回は「買収する前に実証せよ(”Validate before acquiring”)」という、企業内イノベーションの仮説の構築・検証手法を企業のM&Aに活用する可能性についてのお話しです。
ブログにあるように、買収対象企業のビジネスモデルを書き出して分析し、どこまでが事実情報でどこに想定(未検証のリスク)が存在するかを明らかにするのは、手軽かつ有力な方法だと思います。
一方で、実験まで行うのは時間、労力、買収対象企業の協力を得られるか、など難しい部分もありそうです。弊社でも過去に何度かM&Aに関連するプロジェクトに携わった経験がありますが、買収対象企業の事業が既に規模拡大して確立されたものか、成長途上のものか、未検証の立ち上げ段階かによって、狙い、スタンス、買収後の取組み方などが大きく変わるように思います。買収対象がプロダクトライフサイクルのどのステージにあるかを見極め、その上で買収の狙いを明確化するというのも一案かもしれません。では本文をお楽しみください。

買収する前に実証せよ

2017年10月16日  ダン・トマ氏
買収する前に実証せよ
(ダン・トマ氏が”The Corporate Startup bookウェブサイト“に掲載したブログ記事を、本人の許可を得て翻訳、掲載しています)

資金以外はほとんど労力を要さないため、イノベーションを一足飛びに始めたい会社にとって、外部企業の買収というアイデアは尋常でなく魅惑的かもしれない。プライス・ウォーターハウス・クーパースは、2016年はヘルスケア業界における「合併狂の年」となり得ると予測していた。そしてその通りとなり、米国だけで30件以上もの買収が実施された。

このように、社内にイノベーション能力を開発するのに加え、大企業にとってM&Aもイノベーションの大きな手段である。

イノベーション駆動で成長を生み出す手法としてのM&Aの問題は、買収の契約を締結したのちに始まる。ハーバード・ビジネス・レビューのレポートでは、買収の失敗確率は90%近いとされている。この数字は、ベンチャーキャピタルの出資を受けたスタートアップの失敗率75%よりも(あるいは、すくなくとも同程度に)悪い。

なぜ買収の失敗確率がこんなに高いのかについては様々な説が唱えられている。いくつかを挙げると、文化の不一致、戦略が不明瞭、事前審査の不備などがある。しかし結果は全て同じであり、事前に想定した利益を買収後に上げられないことだ。

数カ月前に、ヘルスケア企業からトリートメント製品のビジネスモデル見直しをしているチームの支援依頼を受けた。対象のトリートメント製品は買収したもので、自社開発ではなかった。このトリートメントを同社ブランドで市場投入してから4年少しが経過していた。しかし販売状況は停滞(横ばい)していた。製品チームの懸命の努力にもかかわらず、このトリートメントは何年たっても成長目標を達成できずにいた。現状の数字では、同社が投資回収するまで530年かかりそうであった。しかもこの数字には減価償却を見込んでいない。

ビジネスモデルキャンバスを使い、このトリートメント製品の現状のビジネスモデルを記述してみた。この作業を実施した目的は現状をよりよく把握することだった。

我々を突き動かした主な疑問は、「このトリートメント製品が財務利益の数字を達成するために何をしなければならないのか?」であった。キャンバスと期待される財務利益のエクセルシートを使い、我々は想定条件をあげ始めた。しばらくで、このトリートメントのビジネスモデルの各項目には、すでにわかっている事実情報よりも未検証の想定が多いことがあきらかになった。

次のステップは、トリートメント事業の成功を妨げている全ての想定の検証実験を始めることであった。

実験を繰り返し、冷徹な事実が明らかになった。このトリートメント事業の財務的成功の根幹となる想定が誤りだったのだ。同社や業界の制約条件を踏まえると、そもそもこのトリートメント製品を買収すべきでなかったことが、やがて明白になった。ここまでくると、天からの不吉なお告げ、では済まされないレベルの話だ。

それをうけて、「被害低減」戦略の策定が必要となった。考えられるシナリオとして、製品の販売停止、追加投資の停止、事業運営コストの削減、等があげられた。

一度も目標達成できないのに製品の将来に向けてこれほど長く努力を続けてきた情熱的なチームが幻滅していくのを見るのは心が痛んだ。しかし、この出来事で私は考えさせられた。別の方法で、デューデリジェンスをもっとうまくできなかったのだろうか?どうすれば馬鹿げた財務リターンを信じてしまう罠から逃れられるのか?

大胆な想定で単純化しすぎかもしれないが、以下のようなM&Aプロセスの方が標準プロセスよりも良かったのではないか?

1.まず財務デューデリジェンスを行う。
2.買収しようとしている事業のビジネスモデルをマッピングする。
3.既存のビジネスモデルにおける事実情報と未検証の想定の比率を計算する。1以下であれば買収側の企業が負ってよいリスク許容度は低く、この時点でM&Aを止めても良い。
4.財務的リターンと利益率の予測を作成する。
5.財務リターンと利益率の前提となっている想定をすべてリストアップする。これらの想定とビジネスモデルから、対象企業のビジネスモデルが示唆するところを把握する。
6.想定を検証するための実験をする。
7.買収が依然として理にかなっているかを判断する。

全世界で大企業が行っている現状のM&Aプロセスが100%誤りで、捨てた方が良いと言っている訳ではないが、恐れ多くも改善の余地があるかもしれないと思うのだ。

このようなデューデリジェンスは実験ノウハウへの依存度が高いため、上記に提案したプロセスの方が良い(あるいは速い)と提唱しているのでもない。

しかし仮説ベースの起業家の手法をM&Aに組み合わせて、想像で作成した収益予測に真っ向対決を挑めば、最終利益についてより良い成果をあげられるかもしれない。

ヘルスケア企業のチームと一緒に過ごした時間から私個人が得た最大の収穫は、リーン・イノベーション管理テクニックは価値創造だけにとどまらず適用可能であることだ。同じテクニックをM&Aにも利用可能である。単純に言えば、買収前に実証すべきなのだ。

※本記事のオリジナルはダン・トマ氏が定期的に寄稿している「The Future Shapers」に掲載されたものです。


いかがでしたでしょうか。弊社では、ダン・トマ氏が欧州企業向けに導入支援を進めているイノベーション・システムを日本企業にも普及させるべく活動しております。ご興味の方は是非お問い合わせください。
次回は、『人事部門の協力なくしてイノベーション戦略の成功はありえない(”Forget your innovation strategy if the HR Department is not on board”)』という、企業内イノベーションの成功のための人員確保についてのお話しです。

WRITER

株式会社マキシマイズ代表取締役
渡邊 哲(わたなべ さとる)
株式会社マキシマイズ代表取締役
Japan Society of Norithern California日本事務所代表
早稲田大学 非常勤講師

東京大学工学部卒。米国Yale大学院修了。海外の有力ITやイノベーション手法の日本導入を専門とする。特に海外ベンチャー企業と日本の大手企業や団体との連携による新規事業創出に強みを持つ。三菱商事、シリコンバレーでのベンチャー投資業務等を経て現職。ビジネスモデル・ナビゲーター手法の啓蒙活動をはじめ、日本のイノベーションを促進するための各種事業を展開中。
「アントレプレナーの教科書」「ビジネスモデル・ナビゲーター」「イノベーションの攻略書」「DXナビゲーター」を共訳/監訳。

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