通信業界の2度目のチャンス
みなさんこんにちは。マキシマイズ代表の渡邊です。今回も書籍『イノベーションの攻略書(原題:The Corporate Startup)』著者ダン・トマ氏のブログをご紹介します。
本シリーズ2回目の今回は「通信業界の2度目のチャンス("Telcos’ second chance")」という5Gサービスに伴う事業機会のお話しです。コロナ感染拡大と時期が重なり個人的にはあまり実感がないのですが、国内での5Gサービスは昨年2020年3月より開始されています。当方のスマホも5G対応になっているのですが、使い勝手やサービスなど、特に以前と変わった気はしません。一説では新たな通信規格によるサービスが十分に普及するのには約10年かかり、次の通信規格(今回で言うと6G)が開始される頃になってやっと5Gを使ったサービスが世の中に十分普及するとも言われています。5Gは単に個人のスマホの使い勝手を良くするのでなく、DXの基盤として様々な産業を変貌させる可能性があるとのことですが、世の中がどう変わっていくのか楽しみですね。では本文をお楽しみください
通信業界の2度目のチャンス
2020年9月9日 ダン・トマ氏
通信業界の2度目のチャンス
(ダン・トマ氏が"The Corporate Startup book ウェブサイト"に掲載したブログ記事を、本人の許可を得て翻訳、掲載しています)
私たちは新たな技術革命を迎えている。5Gの日常生活への影響は、私たちの想像よりもかなり広範に及ぶであろう。これまでと異なり、5Gは技術上のパラダイムシフトであり、タイプライターからコンピューターへの移行に匹敵するかもしれないのだ。5Gはインテリジェントなセンサーやデバイスをエコシステム全体に完全につなぐ実現技術になるだろう。
この新技術により、幅広い産業で12.3兆ドルもの売上が潜在的に生み出される。特徴的な例をいくつか列挙する。
製造業:
5Gによって製造と人工知能(AI)の連携が進み、最新化され自己学習能力を備えた工場の機械により、製造プロセスの効率が改善されるだろう。AIによって工場は完全に自動化され、生産設備に興味を持つ新規参入者の投資対象となり得る。
5Gフレームワークで提供されるクラウドやエッジコンピューティングにより、ロボットのネットワーク接続が進み、工場の設備環境の柔軟性や安全性が高まる。5Gによる接続性向上で、より精度の高い機械と進化したロボット技術が実現し、作業員に変わって危険な作業を担うことで、現場の負傷事故を減らし、最終的にはコスト削減につながる。
ヘルスケア:
ヘルスケア産業においては、5Gでデジタルな医療記録の接続性が向上し、「デジタル・ヘルス・エコシステム」を生み出すきっかけとなる。
技術スタートアップの発明するウェアラブル・デバイスにより、患者の回復状況の追跡管理や医療専門家とのコミュニケーションの速度が、飛躍的に向上する。
5Gによって巨大市場の一つであるヘルスケア産業において、確実に効率、費用対効果、イノベーションが向上すると考えられる。
AIやデータ収集においても革新的な開発が進み、仕組み全体が最新化される。「遠隔手術」、患者の状態監視やかかりつけ診療の向上などの変化により、予防的な医療が広まるだろう。
革新的な起業家がスマートな技術を使い、患者の状態監視や病気の予防に役立つインターネット接続されたリストバンドなどの過渡的な技術を既に生み出し始めている。
5Gによって医者はデバイスを使って患者の容体を自ら監視し、リアルタイムで状況把握することで、緊急治療でなく予防的な治療を提供できる様になるため、病気の予防に役立つ。
持ち運び可能なモバイル型の医療機器により、患者の診断はより迅速、正確、効率的になるだろう。
5Gにより、スマートフォンやタブレットに接続して使う無線型の超音波がん診断装置が実現される。
5Gによるデータ主体の回線網の処理速度は4Gに比べて1000倍速いため、従来の医療機器に匹敵する性能を実現できる。5Gはヘルスケア・システムを、かつてない速度で最新化、破壊し、革新するであろう。
輸送:
輸送産業は、5Gで完全に様変わりしつつある。5G自動車協会(5GAA)は、5G技術企業による世界最初の輸送業界団体である。この新たな業界構造と技術は、自動運転車にとって非常に重要であり、自動車業界は急速に適応を進めている。
5Gで自動車は外部インフラと幅広く通信できるようになり、自動車の制御性能が向上する。
アウディ、BMW、フォルクスワーゲン等の大手自動車メーカーは、積極的に5Gへの投資を進めている。
5Gの環境貢献への例として、シンガポール、ヘルシンキ、パリなどの世界中の都市における、モバイル接続されたバスの導入がある。
旧型の輸送機器や混雑で引き起こされる交通渋滞や排気ガスの抑制など、環境問題の低減に関して、5GはMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)の開発という形で重要な役割を担っている。2025年までに、輸送産業の業界地図は想像を絶する変化をとげるだろう。
そしてこの変化の中心で、この新たな世界の鍵を握るのが、通信キャリア(テレコム会社)である。
通信産業は厳しい業界である。技術やサービスのコモディティ化が進んでいるため利幅はつねに圧力にさらされ、成長機会は既存サービスの深掘りに限定される。それに加え、通信業界の規制は厳しく、欧州ではローミング料など儲かる製品は政府機関から徹底して叩かれる。
しかしながら、これまでずっと漸進的なイノベーション以外実施せず、様々な動向を利益に結び付けられなかったことを、業界の特徴のせいにすべきでない。通信業界はイノベーションが苦手なことで有名であり、SMSビジネスをWhatsASpp(や類似サービス)に奪われ、一度事業を破壊されている。さらに、FaceTimeやSkypeその他のVoIPサービスにユーザーが移行してしまい、音声通話利用の大幅な減少も経験している。
問題の核心は、通信事業者がビジネスモデル・イノベーションを実現できず、中核事業以外に事業ポートフォリオを拡大できないことだ。過去の成功への依存とサブスクリプション契約の販売という古いビジネスモデルに執着する「重力」の強さが5Gなどの大きな事業機会に注力することを妨げているのだ。
4Gから5Gへの移行は、2Gから3Gや3Gから4Gへの移行とは異なる。明らかな技術的メリットの範疇を越え、5Gは新たなビジネスモデルを可能にするからだ。
新たなビジネスモデルは、以下の3種のいずれかに該当すると考えられる。
-強化版モバイルブロードバンド(eMBB):これはシンプルで通信事業者の既存の中核事業とほぼ同じ、端末へのより速いデータ通信だ。おそらく通信事業者は旧来からのサブスクリプションのビジネスモデルを適用し、技術を手っ取り早く売上につなげようとするだろう。イギリスの携帯事業者EEは、イギリスの6つの都市の中心エリアで5Gサービスを開始済みで、2019年中にさらに10箇所に展開する。
-超高信頼・低遅延通信(URLLC):超高信頼・低遅延通信は、安全や生死にかかわる業務を提供価値の一部とする新たなビジネスモデルへの事業機会の可能性を開く。例えば緊急電話サービスなどが考えられる。
-膨大なマシン間通信(mMTC):名前の示す通り、これは長年語られてきたIoTである。5Gにより、IoTは日常の現実として実現可能となった。創造力と顧客ニーズへの共感さえあれば、この分野で新たなサービス(あるいは製品)を生み出せるはずだ。
インフラを所有するのは通信会社なのだから、通信会社はこの新たな波を利益に結び付けるのに最も良い理想的なポジションにいる。インフラを所有し、技術の歴史の大きな転換点に立ってスポットライトを浴びている通信事業者にとっては、過去に事業を破壊されて学んだレッスンの成果を示す2度目のチャンスと言える。
はたして通信事業者は、ビジネスモデルのポートフォリオを多角化できるだろうか?サブスクリプションの販売とインフラ使用料の範疇を超える新たなビジネスモデルで、この動向を利益に結び付けられるだろうか?通信事業者は、バリューチェーンの有利なポジションを活かして利益に結び付ける新たなビジネスモデルを生み出せるだろうか?あるいは、「新技術」のプレミアム料金を課金する既存のビジネスモデルに満足して終わってしまうのだろうか?
いかがでしたでしょうか。弊社では、ダン・トマ氏が欧州企業向けに導入支援を進めているイノベーション・システムを日本企業にも普及させるべく活動しております。ご興味の方は是非お問い合わせください。
次回は、大企業がスタートアップと協業して新規事業を立ち上げる際の注意点について解説した『コーポレート・スタートアップ協業チェックリスト("Corporate-startup collaboration checklist")』というブログ記事をご紹介予定です。
WRITER
- 渡邊 哲(わたなべ さとる)
- 株式会社マキシマイズ代表取締役
Japan Society of Norithern California日本事務所代表
早稲田大学 非常勤講師
東京大学工学部卒。米国Yale大学院修了。海外の有力ITやイノベーション手法の日本導入を専門とする。特に海外ベンチャー企業と日本の大手企業や団体との連携による新規事業創出に強みを持つ。三菱商事、シリコンバレーでのベンチャー投資業務等を経て現職。ビジネスモデル・ナビゲーター手法の啓蒙活動をはじめ、日本のイノベーションを促進するための各種事業を展開中。
「アントレプレナーの教科書」「ビジネスモデル・ナビゲーター」「イノベーションの攻略書」「DXナビゲーター」を共訳/監訳。