イノベーションの評価基準

イノベーション

みなさんこんにちは。マキシマイズ代表の渡邊です。
今回も書籍『イノベーションの攻略書(原題:The Corporate Startup)』著者ダン・トマ氏の最新書籍『The Innovation Accounting』に関するブログ記事をご紹介します。
同書の日本語版『イノベーション会計』を本年中に国内で出版予定です。

今回は「イノベーション会計の原則(”Principles of an Innovation Accounting System”)」という、イノベーション評価を効果的に実施するための一連の基本原則についてのお話です。
イノベーション会計を適切に設計、導入して有効活用すれば、個々のプロジェクトやチームの評価をするだけでなく、企業全体のイノベーションの取組み状況を評価測定し、企業全体のイノベーション力を高めるための指標にできるのです。
では本文をお楽しみください。

イノベーションの評価基準
~イノベーション会計の原則~

2019年10月3日  ダン・トマ氏
イノベーション会計の原則
ダン・トマ氏が”The Innovation Accounting bookウェブサイト“に掲載したブログ記事を、本人の許可を得て翻訳、掲載しています)

イノベーションは多くの業界にとって成長エンジンですが、企業それぞれでイノベーションの中身は異なります。しかし銀行であれ、自動車や日用消費財であれ、イノベーションにつきものの不確定性を管理する必要性は変わりません。そして、どんなものでも管理したければ、まずは測定して理解することが必要です。

残念ながら、従来の財務会計指標はイノベーション管理のニーズを満たすような進化を遂げていません。そして、近い将来に会計標準が変わることも期待できません。したがって、事業損益や投資対効果(ROI)といった財務上の遅行指標でイノベーションの進捗を測定することをやめる企業が増加しています。

これらの指標は不確定性の小さい既存事業に対しては役に立ちます。しかしイノベーションに対しては、バックミラーを見ながら高速道路で車を運転するようなことになります。なぜなら、事業アイデアの成長過程で実際の進展状況を見るためには、財務結果が出るまで待っていては遅すぎるからです。したがって、エリック・リースによれば、成熟事業の定量評価に通常利用する指標が実質的にすべて使えなくなり、イノベーション会計システムが進捗の評価をするための適切なメカニズムとなるのです。

企業それぞれでイノベーションの中身は異なりますが、イノベーションの定量評価が必要という点はどの企業も同じです。イノベーション会計システムは、業界ごとの特別なルールやしきたりに左右されない、普遍的な原則に根ざしたシステムであることが必要です。

全社的なシステムであること第一に、イノベーション会計システムは、新事業の成功可能性を予測する重要指標が連鎖した全社フレームワークでなければいけません。すべてが連鎖していることが重要です。鎖が切れていれば、その新事業全体に赤信号がともります。

このシステムを全社展開すれば、社内の複数の新事業を同じ基準で比較できるようになります。評価する側は、どの新事業が継続投資に最もふさわしいかを判断できます。さらに、このシステムを使うことで、自社のイノベーション・ポートフォリオの各プロジェクトを金融オプションとして見るための視点を得られます。具体的には、金融オプションとしての期待収入、ボラティリティ、付随費用が明確になります。

抽象化できること第二に、イノベーション会計システムは「情報を抽象化」できる必要があります。抽象化は本来コンピュータサイエンスの概念ですが、イノベーション会計にも適用できることに気づきました。抽象化とは本質的な特徴を抽出し、詳細な背景情報や説明を省く行為です。コンピュータサイエンスでは、抽象化の原理は複雑さを軽減するために用いられ、複雑なソフトウェアシステムの設計と実装の効率向上に寄与しています。

イノベーション管理にあてはめると、「抽象化」は各イノベーション・プロジェクトの日次や週次の報告書をもとに、経営陣が四半期や年単位で戦略的な意思決定を行うために必要な要点を抽出・整理することを意味します。たとえば、経営陣や株主には、個々のチームの学習速度を詳しく見ることに時間を使わせるべきではありません。しかしチームの学習速度は、事業アイデアの市場投入までの時間やアイデアの生存率に重大な影響を与えます。したがって、イノベーション会計システムを適切に設計・導入し、実務上必要なデータが新事業開発チームから取締役会に滞りなく流れるようにする必要があります。

イノベーション・エコシステムの改善に貢献できること第三に、「エコシステム改善の意思決定に役立つ情報源」として、イノベーション会計システムを設計すべきです。イノベーション・エコシステムの構成要素は、プロセスと事業アイデアのポートフォリオだけではありません。イノベーション・エコシステムには、人材開発、パートナーシップ、文化も含まれます。つまり、イノベーション会計システムの役割は実施した施策と結果の因果関係を明らかにすることです。そうすることで、イノベーション会計システムから得られる知見に基づいて、効果の低い活動への投資を防げるようになります。

自社の成長資産の具体的な活用方法を説明できることイノベーション会計システムは、会計上認識される資産から利益を生み出すための戦略とともに、自社の成長資産の具体的な活用方法を説明できるものでなければなりません。この第四の原則により、バルーク・レヴ教授の指摘した、イノベーション定量評価における財務報告書の有用性の低下が軽減され、同時に人やプロセスといった無形資産や会計上認識されない資産をより重視できるようになります。

常にトップを走っている企業は、持続的な競争優位性を確立することで、競合他社との差別化をはかっています。そのためには、特許、ブランド、組織文化、独自のプロセスなどの戦略的資源を重視する必要があります。たとえばネットフリックスは、独自の顧客別推奨アルゴリズムを他の要素と組み合わせて、他のコンテンツ・ストリーミング企業との差別化をはかっています。

皮肉なことに、このような戦略的資源や成長資産のほとんどは、財務会計システムに資産として計上されません。なぜかというと、これらへの投資は直ちに費用(主に事業活動の費用:OPEX)として計上されるからです。

イノベーション会計システムの役割は、これらの支出を可視化し、単なる「費用」でなく「投資」として分類できるようにすることです。そうすることで、潜在的なムダも見つけられるようになります。

自社が破壊的イノベーションにさらされるリスクを明示できること最後に、イノベーション会計システムを設計する際には、自社の事業が破壊されるリスクを明確に示せるようにする必要があります。

エアビーアンドビー、メガネ業界を破壊したワービー・パーカー、スペースエックスなどの新進企業が既存業界の奪取に成功するのを目の当たりにして、技術デザイン力で業界を破壊しようという欲求が高まっています。大手企業のトップが自社の占有する既存市場の業界構造にしがみつき、次に破壊されて落ちぶれるのが自社でないことを祈る中で、これらすべての破壊が起きたのです。

クレイトン・クリステンセンは、著書『The Innovator’s Dilemma(Harvard Business School Press, 1997)、邦題:イノベーションのジレンマ(翔泳社、2001年)』の中で、初めて「破壊理論」を提唱しました。スタートアップや小企業がデジタル技術を駆使した代替製品・代替サービスや、新たなビジネスモデルを既存業界に持ち込み、巨大企業が統べる既存業界を破壊する、というのが破壊理論の基本的な考え方です。その過程において、慢心している既存事業者は地位を脅かされたり奪われたりします。このような現象は経済界だけでなく、政界、さらには国家間紛争においてすら見られます。

破壊理論は、それを裏付けるような成功例だけを取り上げた偏った理論だという批判もあります。

しかし破壊理論を支持するか否かに関わらず、変化自体は避けられません。変化が避けられないどころか、インダストリー4.0 が世界全体に影響しつつある状況を考えると、すべての産業に変化が差し迫っていると言えます。ウーバーが従来型の資産(車両)を持たずに業界のリーダーとなった事実は無視できません。

しかし、業界の破壊にはスタートアップ企業が既存企業から市場シェアを奪うという以上の意味があります。破壊とは「当たり前だったビジネス」が変化を遂げることです。お金の流れや提供価値が変わるのです。大まかに言えば、破壊とはより便利な、(たいていは)デジタル進化した選択肢を提供し、業界に進歩をもたらすことで、非効率な業界慣習や不透明な既得権益を得ている企業を排除する現象です。破壊によって停滞していた市場に新たな競争の波がもたらされ、インダストリー4.0へと移行していくのです。

破壊理論は、過去の説明にも将来の予測にも利用できます。

企業のリーダーは、イノベーション会計システムの助けを借りて、自社が破壊される脅威にさらされており、対策を早急に講じる必要があるかどうかを把握する必要があります。

現代は、企業イノベーション革命の初期段階です。ここに列挙した原則は、イノベーションを通じた成長という新たな経営手法の基盤となるものです。この経営手法は、信念よりも事実に基づく方法であり、意思決定プロセスの中心に事実情報をおく方法であり、イノベーション測定に関する財務会計システムの欠点を補完すべく設計された方法です。


いいかがでしたでしょうか。弊社では、ダン・トマ氏が欧州企業向けに導入支援を進めているイノベーション・システムを日本企業にも普及させるべく活動しております。ご興味の方は是非お問い合わせください。
次回は「イノベーション測定にまつわる8つの迷信(”8 Myths of Measuring Innovation”)」という、イノベーションの測定の是非、あるいはイノベーションの測定方法について、よく誤解されている点のお話です。

WRITER

株式会社マキシマイズ代表取締役
渡邊 哲(わたなべ さとる)
株式会社マキシマイズ代表取締役
Japan Society of Norithern California日本事務所代表
早稲田大学 非常勤講師

東京大学工学部卒。米国Yale大学院修了。海外の有力ITやイノベーション手法の日本導入を専門とする。特に海外ベンチャー企業と日本の大手企業や団体との連携による新規事業創出に強みを持つ。三菱商事、シリコンバレーでのベンチャー投資業務等を経て現職。ビジネスモデル・ナビゲーター手法の啓蒙活動をはじめ、日本のイノベーションを促進するための各種事業を展開中。
「アントレプレナーの教科書」「ビジネスモデル・ナビゲーター」「イノベーションの攻略書」「DXナビゲーター」を共訳/監訳。

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