イノベーション監査

イノベーション

みなさんこんにちは。マキシマイズ代表の渡邊です。
今回も書籍『イノベーションの攻略書(原題:The Corporate Startup)』著者ダン・トマ氏のブログをご紹介します。

今回は「イノベーション監査(”Innovation audit”)」という、企業のイノベーションの現状を可視化することの重要性についての話です。
記事の前半では、なぜ企業にイノベーション監査が必要なのかについて、後半では監査が複雑になる人的要素や組織の要素についてどのように監査を進めるのがよいのか、そのポイントを紹介しています。
弊社では企業各社のイノベーション推進部局の方のお話を伺う機会が多いのですが、社内の上層部を以下に巻き込み、イノベーションの現状や課題について理解してもらえるかも重要なポイントだと思います。その意味では、イノベーション監査はイノベーション推進部局が上層部を巻き込むための、有力な手段と言えるのではないかと思います。では本文をお楽しみください。

イノベーション監査

2017年3月16日  ダン・トマ氏
イノベーション監査
ダン・トマ氏が”Corporate Startup bookウェブサイト“に掲載したブログ記事を、本人の許可を得て翻訳、掲載しています)

イノベーション・エコシステム(患者)が欲しがるものでなく、患者に必要なものを処方する

米国で食品医薬品局(FDA)の認可を受けた薬品は現在6,000種以上あります。もし、医者に診てもらおうとクリニックに行って、自分の症状を言う前にいきなり医者からFDA医薬品リストの良く利用される薬の処方箋を渡されたらどんな気分でしょうか?ただただ茫然とするしかないと思います。それでも構わないという方には、こんな状況だったらいかがでしょう?あなたが医者に説明した病状だけに基づいて、それ以外に何の検査もせずに、医者が(最もよく利用される)薬を処方しはじめたらどうでしょう。

幸運なことに、企業向けイノベーション・コンサルティングはヘルスケアのように「生死に関わる」話ではないことに加え、コンサルタントには自社の革新性が不十分だとか、新興の競合企業に市場シェアを奪われているとか、そういった「患者」の文句への対処法を選ぶ6,000種類の処方箋リストはありません。

とはいうものの、適切な診断がなされず「誤った薬」が処方されたという例は枚挙にいとまがありません。企業向けイノベーションの世界で最も頻繁に処方される「薬」は、企業内アクセラレーション・プログラム、イノベーション・ワークショップ、スタートアップとの提携、スタートアップ・アクセラレーション・プログラムへの投資などです。問題発生の原因をさかのぼると、たいていはコンサルタントが顧客企業のニーズをよく理解していないか、あるいは顧客企業がコスト削減を気にしすぎて、自社のイノベーション・エコシステムが真に必要なものを明らかにするイノベーション監査への投資を嫌った結果、表面的なニーズ(顧客企業のやりたいこと)に捉われたことに行きつきます。

イノベーション監査を役立てるためには、目立った部分だけを分析するのでなく、企業のイノベーションエコシステムのすべての側面を深く分析する必要があります。

目立った部分だけを分析するのでなく、企業のイノベーションエコシステムのすべての側面を深く分析する

イノベーション監査では、自社の事業ポートフォリオ、人的リソース、組織の能力などを見るべきです。監査の結果として、自社のありたい姿と現状のギャップ分析、ギャップを埋めるための明確なアクションプランを得られるのが、良いイノベーション監査だと言えます。

監査の一環として自社の事業ポートフォリオ分析をする際には、3つの地平線モデルイノベーション・マトリックス、あるいは4x3のマッピング・フレームワークなどのモデルを使えば、現状をわかりやすく整理できます。

スキルや能力に関しては、人的能力、組織の能力、具体的なものや抽象的なものなどが絡まっているため、状況は複雑です。

企業のイノベーション能力を監査する前に、まずは人材と組織を区分することから始めてください。イノベーション・エコシステムの各要素を区分することは重要で、なぜなら区分によって利用するツールや手法が決まるからです。たしかに採点シートを使ったインタビューが最も有用なツールだと言ってよいと思いますが、監査したい要素によってはそれだけでは不十分なこともあります。


トリスタン・クロマー氏のエコシステムモデル

このような複雑なプロジェクトにおける作業指針として、まずはトリスタン・クロマー氏のエコシステムモデル(あるいは類似のもの)で、以下のように各要素を分解する事をおすすめします。

組織能力
ツール
実験場(および実行する事業アイデアの選定条件)

人的能力
スキル
外交官(社内連携のベテラン)
航空支援(経営トップからの支援)

境界線
発想
ネットワーク(社の組織体制を含む)
エコシステム設計

より上流の視点ではありますが、以下のような一連の主要指標をみることも、企業のイノベーション・エコシステム分析の別の方法として有力です。
単位時間内の失敗/学習のコスト(基本的に、事前に定めた単位時間内に新事業アイデアをいくつまで失敗できるか、を意味します)
市場投入までのリードタイムの全社平均値
個々の事業部門ごとの市場投入リードタイム
市場の変化に反応するために要する平均時間(顧客の嗜好の変化、新技術の導入など)
生み出された新事業アイデア全体のうち、実際に実現した事業アイデア(あるいは他の事業部門に取り込まれた事業アイデア)の比率
イノベーション会計のその他のKPI

これらの指標で自社のイノベーション・エコシステムの過去や現在の状況を明確に描けるのですが、そのような状況を生み出した原因は何なのか(「WHY?」)については説明してくれません。そのため、より深い分析が必要となります。

KPIの値とエコシステムの要素の直接的な因果関係が明白な場合もあります(例:市場投入リードタイムが長いのは、社内人材のスキル不足、時代遅れのツール、あるいは経営トップの支援が得られないために明確な統制システムが無い、等が原因と解釈できるかもしれません)。しかしながら、イノベーション・エコシステムにおける因果関係は単純でなく、複数の要素が複雑に相互依存していたり、相互関連していたりすることから、複合的な分析が必要となります。

イノベーション監査に同様に重要な点は、古典的なギャップ分析をしのぐ結果、むしろ企業のイノベーション投資方針を開発するうえでの礎石となるような結果を得ることが必要な点です(イノベーション投資方針の開発にご興味でしたら、書籍「イノベーションの攻略書(原題”The Corporate Startup”)」に1章をまるごと割いて詳しく解説していますのでご参照ください)。

イノベーションを成功させるためには単にプロセス変革をするだけでは不十分であり、組織全体がイノベーションの風土を持つことが必要です。これには適切な人材戦略、適切な組織体制、経営レベルの目に見える支援、そしてイノベーションを核とした文化の構築などを含みます。企業の成長目標の達成を阻むエコシステムの阻害要因を暴くためには、経営トップ層から全面的にイノベーション監査を支援してもらうことが必要です。

イノベーション監査が単なる形式的なものであったり、MRIスキャンのように一つの断面図を切り取るだけでは、取り組みとして不適切です。イノベーション監査とは、自社のイノベーション・エコシステムに何が必要かを正確にし、自社専用の治療法を創り出すための重要なステップなのです。


いかがでしたでしょうか。弊社では、ダン・トマ氏が欧州企業向けに導入支援を進めているイノベーション・システムを日本企業にも普及させるべく活動しております。ご興味の方は是非お問い合わせください。
2022年も企業内のイノベーション・システム導入や、イノベーション会計など、引き続きダン・トマ氏のブログ記事を紹介してまいります。
次回は『保有資産が無いことのパラドックス(”The paradox of having no assets”)』という、企業の保有資産とイノベーションには負の相関関係があるというお話です。

WRITER

株式会社マキシマイズ代表取締役
渡邊 哲(わたなべ さとる)
株式会社マキシマイズ代表取締役
Japan Society of Norithern California日本事務所代表
早稲田大学 非常勤講師

東京大学工学部卒。米国Yale大学院修了。海外の有力ITやイノベーション手法の日本導入を専門とする。特に海外ベンチャー企業と日本の大手企業や団体との連携による新規事業創出に強みを持つ。三菱商事、シリコンバレーでのベンチャー投資業務等を経て現職。ビジネスモデル・ナビゲーター手法の啓蒙活動をはじめ、日本のイノベーションを促進するための各種事業を展開中。
「アントレプレナーの教科書」「ビジネスモデル・ナビゲーター」「イノベーションの攻略書」「DXナビゲーター」を共訳/監訳。

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