保有資産が無いことのパラドックス

イノベーション

みなさんこんにちは。マキシマイズ代表の渡邊です。
今回も書籍『イノベーションの攻略書(原題:The Corporate Startup)』著者ダン・トマ氏のブログをご紹介します。

今回は「保有資産が無いことのパラドックス(”The paradox of having no assets”)」という、企業の保有資産とイノベーションには負の相関関係があるというお話です。
既に多店舗展開を進めてしまっている場合には店舗の売上にマイナスの影響を与えるようなネット販売を進めにくい、既に代理店網を確立してしまっている場合にはネットでの直販をしづらいなど、非常に多くの場面に、このパラドックスが当てはまるように思います。では本文をお楽しみください。

保有資産が無いことのパラドックス

2016年3月18日  ダン・トマ氏
保有資産が無いことのパラドックス
ダン・トマ氏が”Corporate Startup bookウェブサイト“に掲載したブログ記事を、本人の許可を得て翻訳、掲載しています)

保有資産が無いことのパラドックスと、企業のイノベーション戦略への示唆

金融資産が少ない(もしくはゼロ)の小さな会社が、新規に画期的なビジネスモデルを開発することは簡単な作業だと考えるのに対し、もっと大きな資金力を持つ大企業が、同じ新事業開発を大きな費用のかかる活動だと考えがちなことは、やはりパラドックスと言えます。

このパラドックスの背景には大きく二つの要因があると考えられます。一つは経済理論上の限界費用で、以下のとおりです。

ある数量を既に生産している場合、追加で生産する際の1個当たりのコストは、一定の範囲内において、もとの生産コストよりも低くなる。コストの一定の部分については費用が固定されており追加の費用は発生せず、コストの残りの部分については生産量の増加に比例して増加する。

別の言い方をすると、「企業において事業ポートフォリオへの投資判断をする際には、既存資産を活用する案件は常に、完全に新規投資を必要とする案件に勝る、なぜなら既存資産を活用する案件で必要になるのは限界費用のみだからである」、となります。ゆえに、多くの企業が同じ持続的イノベーションの軌跡をたどるのです。

もっと小さな会社の場合には、新事業を立ち上げても既存資産を活用してもほぼ同じ費用がかかるため、限界費用の理論が当てはまりません。したがって、破壊的な新事業への道を進みやすいのです。

二つ目の要因は、大企業は新事業の立上げを苦手としており、新事業の立上げに関しては規模の小さな競合相手に完全におくれを取っている、という事実の背後にあり、具体的には上場企業にとっては株価だけが自社の状況を診断する唯一の道具であるという事実がその要因です。株価の指標に純資産利益率(RONA)という財務業績指標があり、純利益を固定資産と正味の運転資本(流動資産から流動負債を引いた差額)の合計で割った値です。そして別の言い方をすると、純資産利益率を高め、その結果として株価を上げるためには、企業は次の二つのうち一つを実現しなければなりません。一つは純利益の増加、もう一つは同じ純利益を生み出すために必要な固定資産の低減です。ここで資産のアウトソーシングの話が出てきます。

1990年代に、フルカスタマイズしたPCを顧客の自宅に直送する、という新たな破壊的ビジネスモデルをデルコンピューターは開拓しました。すべてはインターネット上で行われ、その結果としてデルはどの競合企業よりも優れた利益率をあげていました。

ある日、デルのプリント基板サプライヤーの一社で、AsusTekという小さな台湾企業がデルを訪問し、非常に魅力的な提案をしました。同社はデルに単なるプリント基板を供給していたのですが、デルが社内で製造するよりも低い価格でマザーボード全体を供給し、デルに貢献できるというのです。

デルのマネージャーはこの提案を試算し、委託を進めても同社の売上には影響せず、マザーボード生産用の資産は帳簿から除去され、結果的にRONAが向上するのだから、この提案はデルの採算上も適切だという判断をしました。

何年か後にAsusTekは再度デルを訪問し、両社がマザーボードで素晴らしい提携を実現していることを踏まえ、Asusで他の部品も供給し、PC全てを台湾で組み立て、そこから全世界の顧客に配送したい、という提案をしました。デルの幹部陣が再度そろばんをはじいたところ、売上には影響が無く、しかし生産や組み立てに関する全ての資産は同社の帳簿には残らないため、同社の純資産利益率は向上するとわかりました。

その後、製品デザインについてもAsusはデルから奪い取り、もはや米国のデルにはブランドだけが残りました。デルの純資産利益率は極めて高くなりました。それというのも今やデルの保有する固定資産はゼロになり、純資産を正味の運転資金で割るだけだったからです。

その数年後に何が起きたかと言えば、Asusが自社製のPCの販売を開始しました。そのPCは基本的にデルのPCを別のブランド名で低い価格で提供するというものでした。アウトソーシング会社だったAsusが、デルやその他のPCメーカーの競合になったのです。

創業時のイノベーション魂に再度火をともそうとして、2013年の半ばにデルは同社が非上場化することを発表しました。

このように、全世界のビジネススクールが教え、戦略コンサルタントが唱える限界利益と純資産利益率というものの見方で利益の最適化を追求する中で、因果のメカニズムによってイノベーションは却下され、大企業は保守的な路線を進んでしまうのです。

経営幹部は、ウォールストリートの証券アナリストの予測を達成することに注力する度合いを減らし、イノベーションによる新たな成長路線への注力の度合いを増やすべきです。なぜなら、ウオールストリートの予測を達成することが画期的な結果につながった例は、歴史上ないのですから。

資本主義経済においては、営利活動ことが、すべての企業にとっての羅針盤です。つまり利益を増やし、その結果として株主価値を高めるのです。そして顧客価値を創造することで(つまり、人々の欲するものを作ることで)、この営利活動が持続可能となります。モトローラの歴代CEOであるクリス・ガルビン、そしてのちにエド・ザンダーは、ともに職を追われました。その理由は、彼らの経営していた会社が大きな課題に直面しており、売上や利益が落ち込んでいたためです。他にも同じような運命をたどった経営者が何人もいます。マッキントッシュの市場投入に伴う悪戦苦闘ののちに、スティーブ・ジョブズでさえ一度は職を失っています。次の売上の成長機会はどこにあるのか、そして利益はどこから生まれるのか?これは世界中のほとんどの企業で日々追い求められていることなのです。


いかがでしたでしょうか。弊社では、ダン・トマ氏が欧州企業向けに導入支援を進めているイノベーション・システムを日本企業にも普及させるべく活動しております。ご興味の方は是非お問い合わせください。
次回は『イノベーション文化の測定(”Measuring Innovation Culture”)』という、自社にイノベーションを生む文化がどの程度育まれているかを測ることについてのお話です。

WRITER

株式会社マキシマイズ代表取締役
渡邊 哲(わたなべ さとる)
株式会社マキシマイズ代表取締役
Japan Society of Norithern California日本事務所代表
早稲田大学 非常勤講師

東京大学工学部卒。米国Yale大学院修了。海外の有力ITやイノベーション手法の日本導入を専門とする。特に海外ベンチャー企業と日本の大手企業や団体との連携による新規事業創出に強みを持つ。三菱商事、シリコンバレーでのベンチャー投資業務等を経て現職。ビジネスモデル・ナビゲーター手法の啓蒙活動をはじめ、日本のイノベーションを促進するための各種事業を展開中。
「アントレプレナーの教科書」「ビジネスモデル・ナビゲーター」「イノベーションの攻略書」「DXナビゲーター」を共訳/監訳。

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