AI予算は誰が管理すべきか?――なぜこの問い自体が間違っているのか(“Who Should Own the AI Budget—and Why This Is a Terrible Question”)

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みなさんこんにちは。マキシマイズの渡邊です。今回も書籍『イノベーションの攻略書(原題:The Corporate Startup)』、『イノベーション・アカウンティング(原題:The Innovation Accounting)』の著者であるダントマ氏のブログ記事をご紹介します。

今回は、「AI予算は誰が管理すべきか?――なぜこの問い自体が間違っているのか」という、AIの導入を専門部署に集中させることの弊害と、各事業部門が主体的にAIを活用しながら、全社的な調整とガバナンスを両立させる組織運営のあり方についてのお話です。では本文をお楽しみください。

AI予算は誰が管理すべきか?――なぜこの問い自体が間違っているのか(“Who Should Own the AI Budget—and Why This Is a Terrible Question”)

2026年5月3日
ダン・トマ氏
AI予算は誰が管理すべきか?――なぜこの問い自体が間違っているのか
(ダン・トマ氏が"OUTCOME社ウェブサイト"に掲載したブログ記事を、本人の許可を得て翻訳、掲載しています)

人工知能(AI)は、実験的な技術という段階から急速に進化し、現在では多くの組織において、予算配分上の最優先事項の一つとなっている。今日、多くの企業では、裁量予算の相当部分が、AI関連の取り組み、実証実験、ツール、人材、インフラなどに振り向けられている。企業組織ではよくあることだが、予算配分は単なる資金の問題ではなく、組織内での影響力にも関わる問題である。予算を管轄する部門は、多くの場合、取り組みの方向性を定め、優先順位を決定するとともに、組織内での戦略的な存在感を高めることになる。こうした状況を背景に、多くの経営幹部が一見もっともと思える疑問を抱くようになったのも不思議ではない。すなわち、「AI予算は誰が管理すべきなのか?」という問いである。

インフラやセキュリティへの影響を考慮し、AIへの投資はIT部門が管轄すべきなのか。それとも、AIがビジネスモデルや競争上のポジショニングを根本から変える可能性を秘めていることから、経営戦略部門が担うべきなのか。あるいは、従来から新たな事業機会の探索を担ってきたイノベーション部門が主導すべきなのか。

AIに関する責任を一元化するため、AI専任の経営幹部職(最高AI責任者:CAIO)を設けたり、独立したAI専門部門を新設したりする企業も増えている。

一見すると理にかなっているように思えるが、「結局のところ、これは問いの立て方そのものが間違っている」のである。

この問いの背景には、AIは他の業務から切り離して管理し、独立した組織機能として導入・運用できるものだという前提がある。しかし、まさにここに、企業が過去に犯してきた過ちを繰り返すリスクが潜んでいる。過去10〜15年にわたり企業のイノベーション活動に関わってきた人であれば、何を指しているのかお分かりだろう。

10年ほど前、企業の間ではイノベーションをめぐって、現在のAIとほぼ同様の議論が交わされていた。「イノベーションを起こさなければ生き残れない」というプレッシャーに直面した多くの企業は、イノベーション担当部門の設置、最高イノベーション責任者(Chief Innovation Officer:CInO)の任命、全社イノベーション組織の構築といった対応をとった。

その意図自体は理にかなったものであった。しかし、多くの場合、期待された成果にはつながらなかった。その結果、「イノベーション・シアター(見せかけのイノベーション)」が蔓延し、多くの関係者がキャリア上の挫折を経験することとなった。

イノベーションを既存事業から切り離したことで、企業は意図せずしてイノベーション活動をサイロ化(組織内での孤立化)させてしまった。イノベーションチームは、事業の優先順位を決定づける現場の実態や顧客の課題、損益責任といった要素から乖離しがちになった。その一方で、既存事業部門の同僚に対して、根拠のない優越感を抱くようにもなった。こうして時間が経つにつれ、イノベーションは事業活動に深く組み込まれたものではなく、事業の周辺に位置する活動として認識されるようになった。多くの組織において、イノベーションは次第にその存在意義を失っていった。しかし、それはイノベーション自体の重要性が低下したからではなく、イノベーションが「自分たちではなく、他の誰かが担うもの」と見なされるようになったからである。

「AIにおいても、同じ過ちを繰り返すリスクが高まりつつある。」

AIの導入を加速させ、組織的な管理体制を整備するため、多くの企業がAIに特化したセンター・オブ・エクセレンス(CoE)の設置、AI関連予算の専用枠の確保、AI戦略を統括する最高AI責任者(Chief AI Officer:CAIO)の任命といった取り組みを進めている。こうした動きは、従来の経営管理の考え方に照らせば、十分に理解できるものである。しかし、AIはデータガバナンス、セキュリティ、AIモデルの管理、コンプライアンス、ベンダー選定などの面で、これまでにない複雑な課題をもたらしている。

ある程度の全社的な調整は、有益であるだけでなく、不可欠でもある。しかし、管理機能の一元化には、往々にして意図せぬ弊害、すなわち看過できない重大な負の側面が伴う。

AIの管理が専門チームや特定の部門に委ねられると、各事業部門は自然とAIに関する責任をその専門組織に任せるようになる。各部門は自らAIを活用するための能力を育成するのではなく、AI専門チームが自部門の要望を優先的に対応してくれるのを待つようになる。その結果、AIに関する需要は、少人数の専門チームの対応能力を急速に上回り、組織全体でボトルネックが生じることになる。

同時に、事業上の本質的な課題を最もよく理解している現場の担当者から離れたところで、ソリューションの開発が進められてしまうリスクも生じる。

「その結果、過去にも見られた組織的な問題が繰り返されることになる。すなわち、AIは戦略上の重要性が高いにもかかわらず、実際の業務への導入・活用が制約されるという状況である。」

このことで、議論の根底にある誤った二者択一の問題が浮き彫りになる。企業はしばしば、完全な中央集権型か完全な分散型かという選択を迫られるが、あたかもこの二つしか選択肢がないかのように考えられている。しかし、どちらのモデルも成功する可能性は低い(イノベーションの分野でも、同様の問題が生じることを我々はすでに経験している)。

ここにジレンマがある。完全な中央集権型のAI運営モデルは、全社的な方針の統一やガバナンスの確立に寄与する一方で、専門組織への依存を生み、実行スピードを低下させる恐れがある。一方、完全な分散型モデルは、試行錯誤や各事業部門の主体的な取り組みを促進するものの、技術選定のばらつき、取り組みの重複、標準の不統一、リスク管理の不徹底といった問題を招きやすい。

したがって、目指すべきは、中央集権型か分散型かという二者択一の選択をすることではない。真に取り組むべき組織設計上の課題は、「各事業部門が主体的に責任を担いながら、全社的な調整とガバナンスを一元的に行う運営モデル」を構築することである。

「そのためには、問題の捉え方そのものを根本から見直す必要がある。」

最も重要な問いは、誰がAI予算を管理すべきかではなく、いかにしてAIの導入・活用を組織全体に広げ、価値が創出される現場のできる限り近くで実践できるようにするか、ということである。「AIは特定の部門だけが取り組むべきものではなく、事実上あらゆる業務領域で活用できる汎用的な能力である。」例えば、マーケティング部門では、AIを活用することで顧客セグメンテーションの精度やマーケティング施策の効果を高めることができる。事業運営部門では、業務プロセスや需要予測、サプライチェーンの効率を最適化できる。財務部門では、シナリオプランニングやリスク分析、意思決定支援を強化できる。また、人事部門では、人材採用、新入社員の受け入れ・定着支援、人員計画のあり方を再設計できる。

AIの価値は、誰が管理するかではなく、いかに活用するかによって生み出されるのだ。

だからこそ、各部門が自らの業務領域におけるAI活用の機会を見出し、優先順位を決定し、実行する責任を担うべきなのである。実際の業務を担う現場のチームこそが、どこに業務上の非効率や障害が存在するのか、どのような意思決定をAIによって支援・高度化できるのか、そしてどの業務を自動化すれば具体的かつ測定可能な成果を生み出せるのかを、最もよく理解しているからである。

しかし、各部門に責任を分散させることは、管理や統制が不要という意味ではない。

組織変革においてよく見られる失敗の一つは、単に新たな取り組みの導入を義務付けるだけで十分だと考えてしまうことである。しかし、我々の経験上、それだけで十分な成果が得られることはほとんどない。

こうした問題は、デジタルトランスフォーメーション(DX)やアジャイル手法の導入、イノベーション推進の取り組みにおいても、繰り返し見られてきた。AIの活用を全社員の優先課題として掲げても、それを実行に移すための組織的な仕組みが整っていなければ、表面的な方針の一致を生み出すだけに終わってしまう。

各部門を主体とするAIの導入・活用を成功させるためには、組織全体でいくつかの基盤となる仕組みを整える必要がある。

・第一に、各チームには十分なAIリテラシーとAI活用能力の向上が求められる。 AIに何ができ、何ができないのかについて基本的な理解がなければ、各部門が主体的に責任を担うといっても、実質を伴わない形だけのものになってしまう。
・第二に、適切なインセンティブの仕組みを整える必要がある。 AIの導入・活用や、それによる業務改善が事業部門の責任者の評価指標に組み込まれていなければ、必然的に他の課題への対応が優先されることになる。
・第三に、組織全体で共通のインフラやツール、アクセス基盤を整備する必要がある。 これにより、AI導入・活用に伴う障壁を減らすとともに、各部門がそれぞれ独自のシステムやツールを導入し、相互に連携しない環境が乱立する事態を防ぐことができる。最後に、ガバナンスも引き続き不可欠であるが、その役割は変化していく必要がある。

多くの企業が最高AI責任者(CAIO)などのリーダーの役割を誤解しているのは、まさにこの点である。問題は、こうした役職を設けること自体にあるのではない。実際、強力なAIリーダーシップは、多くの企業にとって大きなメリットをもたらし得る。問題が生じるのは、こうした役職がAIの導入・活用に関するすべての実行責任を事実上担うようになった場合である。そのような体制では、AIは専門部門が担うものであるという認識を、組織が意図せず強めてしまうことになる。

AIリーダーシップのより効果的なあり方は、各部門を管理・統制することではなく、各部門によるAI活用を支援・促進する役割を担うことである。AIリーダーは、組織全体のAI活用能力の向上、ガバナンス体制の整備、共通基準の策定、リスク管理、部門間での知識やノウハウの共有促進に注力すべきである。その成果は、自らが直接管理するAI関連の取り組みの規模ではなく、各事業部門によるAIの導入・活用と、その全社的な展開をいかに効果的に支援できたかによって評価されるべきである。

この違いは一見わずかなものに思えるが、経営戦略上、極めて重要である。

結局のところ、AI予算を誰が管理すべきかという問いが魅力的に映るのは、それがガバナンス上の課題を解決するための手っ取り早い方法に思えるからである。適切な部門が予算を管理しさえすれば、組織全体でAIの導入・活用が自然とうまく進むという考え方である。しかし、これまでの経験は、必ずしもそうではないことを示している。

「AIは、企業内の独立した専門領域として特定の部門が管理するものではない。むしろ、組織全体の日常的な業務や事業運営の仕組みに組み込まれるべきものである。」

そこから、さらに重要な問いが浮かび上がってくる。むしろ、企業が本来問うべきなのは、次の問いである。

「AIを「誰の仕事でもないもの」にすることなく、いかにして「全員が責任を担うもの」にできるのか?」

これは、組織図の変更や予算配分の見直しだけでは解決できない、より難しい問いである。経営層には、組織の運営モデル、インセンティブの仕組み、ガバナンス、人材・組織の能力開発、そして組織設計について、より深く検討することが求められる。

しかし、当初の問いとは異なり、この問いは問題解決に向けた正しい方向性を示している。

なぜなら、長期的に見れば、企業がAIプロジェクトからROI(投資対効果)を生み出すために重要なのは、誰がAIを管理するかを決めることではなく、実際に課題が存在する業務の現場にAIを確実に組み込むことだからである。


いかがでしたでしょうか。弊社では、ダン・トマ氏が欧州企業向けに導入支援を進めているイノベーション・システムを日本企業にも普及させるべく活動しております。ご興味の方は是非お問い合わせください

WRITER

株式会社マキシマイズ代表取締役
渡邊 哲(わたなべ さとる)
株式会社マキシマイズ シニアパートナー
Japan Society of Norithern California日本事務所代表
早稲田大学 非常勤講師

東京大学工学部卒。米国Yale大学院修了。海外の有力ITやイノベーション手法の日本導入を専門とする。特に海外ベンチャー企業と日本の大手企業や団体との連携による新規事業創出に強みを持つ。三菱商事、シリコンバレーでのベンチャー投資業務等を経て現職。ビジネスモデル・ナビゲーター手法の啓蒙活動をはじめ、日本のイノベーションを促進するための各種事業を展開中。
「アントレプレナーの教科書」「ビジネスモデル・ナビゲーター」「イノベーションの攻略書」「DXナビゲーター」「イノベーション・アカウンティング」を共訳/監訳。

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